第14章 モンダイナイ宿のモンダイナイ部屋


チャイで髪の毛がベタベタする。
軽く火傷もしているようだ。
額がひりひりと痛む。


テンションだだ下がりのなか
両手に残ったチャイの入ったカップを持って
待機場所であるマハラジャルームに戻る。


ベッドが3つ。
うち、ひとつにはモンダイナイ男のものと思われる大きなリュックが置かれ
もうひとつにはF田氏が寝転がっていた。


F田氏に砂糖抜きのチャイと風邪薬を渡すが
しばらくして薬ごとトイレで吐いてしまう。
だいぶ体調が悪そうだ。


そのうちモンダイナイ男が部屋にやってきた。
我々が泊まる部屋が空いたらしい。
なんだかんだ当初の30分どころじゃなく待ったが
荷物を抱え、本来の我々の部屋に移動する。



我々の部屋もマハラジャルームに負けじと豪華だった。
ダブルベッドがひとつ。
シングルベッドがひとつ。
15畳ぐらいはありそうだ。
デリーの宿のような近代的なホテル様式ではなく
インド的な装飾品や調度品の数々が部屋を彩っていてそれがまた良い。
天井には2つのファン。
ベッドの横には縁日の送風機のような錆びだらけのエアクーラー。
お湯は、朝だけ出るらしい。
この部屋がふたりで1400ルピー。
安い。
期待どおりにバルコニーがあり
見下ろすと路地。
向かいの建物はテーラーのようだ。
ミシンのようなものが見える。
小さな女の子が
物珍しそうにこちらを見ている。


F田氏はすぐさまベッドに横になったので
ひとりバルコニーでチャイを飲みながらタバコをふかす。


「アッ!コンニチワー!!」


モンダイナイ男が部屋にやってきた。


「アッ!カンパーイ!」


モンダイナイ男は手に持ったカップを掲げる。
やたらと日本語を知っている。


F田氏がシャワーを浴びたいらしいので
お湯を持ってきてもらうよう頼む。
さすがにあの体調で水シャワーは酷だ。


「アッ!モンダイナーーーーイ!!」



外は雨。
F田氏の体調も悪い。
午前中は部屋でゆっくりすることにした。



ごろごろとベッドの上で
ガイドブックを眺める。


「ヘイ、ジャパニ。体調はどうだ?!
 ところでタバコを持ってるか?!」


普通に部屋に入ってくるモンダイナイ男。


「なに?吸うの?」


「イヤ、オレはノンスモーカーだ!」


・・・まぁいいや。
1本渡す。


「お湯は?」


「モンダイナーーーーイ!もう少し待て!」


出て行く。


おっさん暇なのか?



そういえばカリカリ梅を持ってきたことを思い出す。
胃腸の調子が悪いときに良いかもしれない。
リュックの底を漁り
カリカリ梅をF田氏とかじる。
落ち着く味だ。
なによりスパイシーじゃないところが良い。


「アッ!コンニチワーー!!」


・・・また来た。
おっさん自然に部屋に入って来すぎ。


「なんだソレは?!」


カリカリ梅に興味を示すモンダイナイ男。


「梅干しだ。
 インドのアチャールとかピックルみたいなもんだよ。」


ひとつ手渡してみる。
赤い梅と青い梅、二粒入りの小袋。
一粒口に運ぶモンダイナイ男。


「ムッ・・・!」


途端に顔が険しくなる。


「オーー、、、、グッド、、、、
 そうだ!残りはマイルームでゆっくり味わおう。
 アッ!アリガトゴザイマース!!」


そう言って去っていく。
・・・捨てるな、ありゃ。


「で、お湯は?」


振り返るモンダイナイ男。


「アッ!モンダイナーーーーイ!もう少し待て!」



結局お湯が来たのは1時間後。
プラスチックの大きなバケツから湯気が立っている。



シャワーを浴びたF田氏は少し寝るとのこと。
俺はその間、屋上で昼飯。
パスタなのか焼きそばなのかチョウミンなのかよくわからない味付けの
ベジスパゲティなるものを食う。
もちろん麺はぶよぶよだ。



今度は滑らないように気を付けて階段を降りる。


ちょうど2階に降りたところで
日本人と出会った。


「あ、こんにちは。」


眼鏡をかけた小柄な青年だ。
若い。
そして真面目でおとなしそうだ。
とてもインドを一人旅するようなキャラには見えない。


名前を訊くと
青年はヨシダと名乗った。








― つづく ―