第8章 今夜、インドのバーで ― in CHENNAI 4 ―


夕食を済ませ
宿の部屋に戻る途中だった。


宿の敷地の入り口右手
錆びかけた看板が立っている。


BAR。


バー?!


「おい、バーがあるぞ!!」


ホテル・タミルナードゥは州経営の安宿。
エアコン無し、ホットシャワー無し
部屋もベッドも狭く
お世辞にも清潔とは言えず
チェンナイでもかなり下のランクの安宿だ。


そんな安宿にバー?!
胡散臭いことこの上ない。


・・・う〜ん、でもこの蒸し暑さだしな〜。
宿の敷地内にあるしボッタクられるってこともないだろう・・・。


中JOEは疲れているらしく部屋に戻ったが
俺とO野峰はビールを飲みたい欲求と好奇心に勝てず
そのBARに行ってみることにした。


入り口には重厚な木のドア。
そのドアを開けた瞬間
早くも失敗したんじゃないかという後悔の念が襲う。


暗い。


日本のバーとは比べ物にならないほど暗い。
雰囲気が良いとかではなくただただ暗い。
客は何人か居るようだが
彼らの褐色の肌は闇に溶け込みかかっている。


空いている席に座ると
バーテンダーと思わしきインド人が
無言でメニューを置いていった。


「と、とりあえずビールでも飲むか。」


キングフィッシャー・ビールを注文。


1本80ルピー。
今日の宿代のおよそ一人分だ。


一緒に運ばれてきた
ナッツなどをつまみながら
ビールを飲む。


ぬるい。


・・・いや、味自体も・・・。
キングフィッシャーってこんな味だったっけなぁ。


ひとまずまずいビールを飲みながら
O野峰と取り留めのない話を続ける。


それにしても静かだ。
店内に響いているのはほぼ我々の話し声だけ。
客は皆、後ろめたそうにうつむきがちで
中には2人で来ている者もいるが
たまにぼそぼそとつぶやくように言葉を交わしているだけだ。


「と、とりあえずもう1本飲むか・・・?」


キングフィッシャーをもう1本注文。


グラスに注ぐ。


飲む。


え?!


味が違う!?


味が違う!!
1本目と2本目
同じキングフィッシャー
しかも瓶入り。
良く考えたら1本目の味が大きく違う。
この2本目のほうが昔飲んだ味に近い。


なんでなんで?!
鮮度か?鮮度の違いなのか?!



でももったいないから飲み干す。


インドでは瓶ビールの味も
店によって違うんだなぁ。
店選びは慎重にしないと。
と、ひとつ勉強して
部屋に戻る。



明日は早い。
気温30度近く。
湿度も相当。
あまりにも寝苦しそうな夜だったが
ホテル・タミルナードゥの
狭いダブルベッドの上
俺と中JOEは早々と横になった。


今日もエクストラベッドという名の
薄汚いマットレスに寝るのはO野峰。


この男本当にじゃんけんが弱い。


O野峰エクストラベッド伝説の幕開けである。









つづく