第15章 雨上がり、砦と牛


ヨシダ君の眼鏡は
いわゆるオシャレ眼鏡ではない。
背も低く、肩幅も狭く
パッと見、真面目でおとなしそうな青年だ。


彼はムンバイからインドに入ったらしい。
学生で、初めての海外、初めてのインド旅行。
しかもひとり旅。
ムンバイからジャイサルメールを経て
ここジョードプルへ。
移動はすべて長距離バス。


インドの長距離バスは過酷そのもの。
ぎちぎちに詰められた狭い座席。
膝は前の席に当たる。
振動で身体は絶えず震え
油断していると急ブレーキで前の席に顎をぶつける。
注意すべきは前後だけではない。
時にはふいに腰が浮き
天井に頭をぶつける。
日差しを吸い込む鋼鉄のボディーのおかげで
昼は蒸し風呂のよう。
夜は夜で、壊れた窓から吹き込む隙間風に熱を奪われ
眠ったら死ぬんじゃないかという強迫観念に迫られる。


インドのバスの名誉のために言っておくと
もちろんバスのクラスに因るし
路線にも因る。
ただ、それでもたいがい辛い。


彼はムンバイからの20時間にもわたる地獄のバス移動で
隣に座っていたインド人女性にゲロを吐きかけられ
ジャイサルメールでは定型のようなぼったくりに会い
ここジョードプルでお腹を壊し、日記帳を失くしたそうだ。
・・・なんて困難な旅を。



雨が上がったので
F田氏とヨシダ君を誘い
メヘラーンガルに行くことにした。
屋上から眺めた褐色の砦。
距離はそう遠くないだろう。


道には大きな水溜まりが出来ていた。
空は曇天。
またいつ降り始めてもおかしくない天気だ。


宿のおやじに聞いたとおり
北に向かって歩く。


デリーの喧騒とは打って変わって
静かな町だ。
晴れていても陽が当たらなそうな
入り組んだ路地。
道の脇には牛が寝そべっていた。
角から雫が滴っている。


緩やかな上り坂が続く。
細い路地を抜けると
三叉路にぶつかった。


「こっちが北ですね。」


と指差す、ヨシダ君。
もう一方の手のひらには
・・・方位磁石?!


ヨシダ君・・・たくましいな。











― つづく ―