第23章 アンベール城へ


ハキムがアクセルを踏みこむ。
車が走り出す。


郊外の住宅街をゆっくりと走ると
5分もしないうちに
前方に大きな門が現れる。
門の向こうがジャイプル旧市街だ。
ジョードプルもそうだったが
街の名前の「プル」は
「城壁に囲まれた町」を意味するらしい。


門を抜けるとピンク色に染まった旧市街が広がっていた。
道の両脇に並ぶ建物が
すべて土色がかったピンク色で統一されている。


「このピンクのシティをキープするために
 門の内側は物価が高いんだ。
 飯もホテルもトゥーエクスペンシブだ。
 安くてうまい店ならオレが知ってるから
 連れてってやるぞ!」


ハキムが豆知識を披露する。
同時に馴染みのレストランに連れて行って
コミッションをゲットするための根回しでもある。


「ところで!おい、オマエラ、ワイフはいるか?!
 マリッジか?」


ハキムの雑談は止まらない。
こっちを振り返ってないで
ちゃんと運転しろ。


「いや、ノーマリッジだ。結婚はしてない。」


「ハハハッ!そうか。オレにもワイフはいない!
 だが!オレにはガールフレンドがいるぞ!」


これを言いたいがためのネタ振りだろう。


「何人いるの?」


F田氏がすかさずグッドなクエスチョン。
タクシー、またはリキシャーに乗って、
ガールフレンドの話が出たら
「数」を訊くのがドライバーへのマナーだ。


ハキムからは想定どおりの答えが返ってくる。


「メニーだ!メニメニメニーだ!いっぱいだ!」


そんな話をしているうちに
車は旧市街を抜ける。
側道の建物の数も少しずつ減り
景色も開けてくる。
田園もぽつぽつと現れる。


右手に湖が広がる。
その湖の真ん中あたりに
宮殿のような建物が顔を出していた。


「あれ、なんだろ?」


我々の視線と会話に気付き
ハキムが振り返る。


「ここは水の宮殿だ。見るか?」


ハキムの提案に従い
車を止めてもらう。


ここも観光スポットらしく
車を止めたところがどうやら駐車スペースのようだ。
土産物屋や屋台がぽつぽつとある。
赤い煌びやかな布を背中にまとったラクダもいる。
観光客を乗せるのだろう。


宮殿は湖面に浮いているように見えた。
あとでハキムに聞いた話では、
乾季には湖の水が干上がり
宮殿まで歩いて行けるのそうだ。
厳島神社の大鳥居みたいなものだろうか。
写真を数枚撮り、車に戻る。


再び車が走り出す。


「ここらへんはシルクのインダストリー地帯だ。
 ジャイプルはシルクが有名だ!
 シルクに鏡が織り込んであるんだ!ミラーワークだ!
 あと、宝石もいいぞ!宝石も安い!
 工場直営だから安く買えるんだ!」


ハキムが窓の外を指さしながら
懸命に種まきを始める。
うむ、帰りは土産物屋に寄るはめになりそうだ。



しばらくすると窓の外、左手、緑の丘の上に
城が見えてきた。
クリーム色というかカーキ色というか
黄みがかった白色の城壁。
アンベール城だ。


丘の麓まで近づき
ハキムとは1時間後に落ち合う約束をして
車を降りる。



見上げると丘の上にアンベール城がそびえる。
900ルピー払えば
象に乗って頂上まで行けるらしかったが
宿代より高いので歩いて登ることにした。


入場ゲートをくぐってすぐ、
左手に溜め池がある。
その向かい、右側を振り向けば
芝生に覆われた広場があり
家族連れやカップルがお弁当を食べながら
芝生の上で談笑したりしている。
なんて贅沢な休日の過ごし方だ。


ここからは頂上に向けて
上り道。
石段を上っていくと
脇道にヤギたちが現れた。
白地に茶色を羽織ったような毛色のヤギと
黒字に茶色のブチの野生のヤギ。
さらに進むと別のヤギたちの喧嘩にも出くわす。
短い角をぶつけ合ったり
後ろ足で立ち上がって威嚇したり。
本人(ヤギ)達は必死なのだろうが
見ててほのぼのと癒された。


城の頂上付近に差し掛かる。
視界が開け中庭、空中庭園のような場所だ。
ここからの眺めも素晴らしい。
ここで初めて入場料の請求。
ひとり200ルピー。
途中の道やそこからの風景は
それだけで満足できるものだったが
せっかくだからさらに上へ、奥へ。


城の外壁沿いを歩く。
頂上からの眺めは
正直、メヘラーンガルの比では無い。


ジョードプルももちろん良い町だったが
旅のハイライトとしての破壊力が違う。
デリー、アグラー、そしてここジャイプールが
インド旅行のゴールデントライアングルと呼ばれることも頷ける。
素直な美しさ、凄さ、響くもの。


風が気持ち良いということ。
それ自体が旅の醍醐味だったりもする。
風景というだけあって
風と景色の関係は深い。
さらには街全体が見渡せて
異国を意識させる周囲のざわめきがある。
五感のうち、視覚、聴覚、触覚が満たされる。


風が吹く。
旗がなびく。
煌びやかなサリーもなびく。
汗が乾き
暑さが和らぎ
少し景色が揺れる。


旅にとって重要なハイライト。
そのシーンがここジャイプルにはあった。








― つづく ―