第20章 ジャイプルの宿


自称RTDCのおっさんに連れて行かれたのは
駅に隣接したツーリストオフィスだった。
いつぞやのデリーの時のように
悪徳旅行代理店に連れて行かれなかっただけ
まだ信用できる。


取り急ぎオフィス内のソファに座るよう促される。


「ムーンライトパレスがグッドだ!」


唐突になにかを勧める自称RTDC。


「は?ムーンライトパレス?」


「おまえら、チープホテェルを探しているんだろう?
 ムーンライトパレスがグッドだ。」


自称RTDCのおっさんはしきりにムーンライトパレスという宿を勧める。


「ここはRTDC系列のホテルなの?」


「ノー!だがノープロブレムだ!
 ムーンライトパレスはグッドホテルだ!」


RTDCはたいがいホテルも経営している。
政府系ホテルと呼ばれ、安全、安心が売りだし
便利な立地にあって、部屋も清潔、
生粋のバックパッカーにしてみれば少し高めかもしれないが
それでもコストパフォーマンスに優れ、
旅行者からの人気も高い。
普通RTDCの人間は自分たちの管轄のホテルを推すはずだ。


「ヘイッ!ムーンライトパレスでOKか?OKだな?
 オレが送迎を呼んでやろう。」


なんだこの男は?
なぜここまでムーライトパレスを勧めるんだ?


男はポケットから携帯電話を取り出し、耳にあてた。
送迎の車を呼ぶのだろう。
ソファに座ったまま
俺もF田氏も若干不安になる。


「なんでこんなムーンライトパレスごり押しなんですかね?」


「癒着してんじゃないすか?」



送迎の車に乗って宿へ向かう。
結局、自称RTDCに言われるがまま
車に乗ってしまった。


市街地を抜け
静かな住宅街のようなところで車は止まった。
窓の外には白を基調とした小奇麗な建物。
コロニアル調とでもいうのだろうか。
部屋数はさほど多くなさそうだ。
ここがムーンライトパレスらしい。


車を降り、建物に入る。
暗いロビー。
フロントに座るインド人。
どこかで見たことがある顔。
黒いボストンバックに入れるエスパーのような顔だ。


「部屋見せてもらっていい?」


この宿を紹介した自称RTDCの男を信じ切ったわけではない。
いやむしろほとんど信用していない。
泊まるか泊まらないかは部屋を見てからだ。


浅黒い肌のエスパーに部屋の鍵を借り従業員と部屋に向かう。


部屋は4階だった。
ダブルベッドが1つ。
エアコン付き。


「ホットシャワーは出る?」


「やってみろ。」


自信ありげに応える従業員。
蛇口をひねってしばらく待つと温水が出た。
水圧もインドにしては申し分ない。
聞けば24時間利用可能だそうだ。
部屋の奥にはドアがあり
そこを出るとテラスになっていた。
この旅で初のテラス付ホテルだ。
狭いながらも清潔な部屋。
自称RTDCごり押しの宿でどうなることかと警戒していたが
これでひとり750ルピー、1000円ちょっとなら悪くない。


とりあえずF田氏とテラスに出てタバコを吸う。
ベランダからはピンクシティ、ジャイプルが見渡せる。
高い建物は少なく、ピンク色の街並みの向こうに山が見える。
眼下はちょっとした広場になっており
小学生ぐらいの子供たちがクリケットをしていた。
そういえば今日は独立記念日だ。
学校や仕事も休みなのかもしれない。


インドでのテラスからの眺めが好きだ。
3、4階程度の高さになれば
たいがいテラスから町並みを一望できる。
民家の屋上にはカラフルな洗濯物がなびき
凧を操る子供たちが見える。
うんざりするようなリクシャーのクラクションや砂ぼこりも
どこか懐かしい情景のひとつとなる。
なにより暑いインドで
涼やかな風が吹く。
ゆったりとまったりと旅の時間を過ごせる。


眼下では子供たちが喧嘩を始めた。
スポーツには喧嘩が付き物だ。
高校生ぐらいの年長の青年が仲裁に入る。


心地よい風が吹くテラスで一服したあとは
昼食を採ることにした。
屋上がレストランになっているそうだ。


部屋に鍵をかけ、F田氏と屋上に向かう。








― つづく ―