第3章 なんかおもろいこと


「いやぁ、なんかおもろいこと起きへんかなぁ。
いや、ええんやで?!楽しんできて欲しいと思っとるで?!
でも、なんかおもんないなぁ。
なんか笑えるトラブルとか起きへんかなぁ。」


出国前に頂戴した上司のI田さんの台詞だ。
I田さんはF田氏のことも知っているいわゆる偉い人。
かつて自身もバックパッカーとして、
インドを始め各国を周ってきたI田さんは
東京と福岡でわくわくうきうきしている我々2人を見て
なにか、思い出に残るような出来事を、と望まれたのだ。
そして大いなる偏見を持って云えば
関西人はいかなるときも笑いを求めるのだ。


なんかおもろいこと。
ロストバゲージ
いや、シャレになりませんって。
飛行機に預けた荷物が消える。
そうそうあることではない。
が、今、現にインド初上陸のF田氏の身に
その稀有なトラブルが降りかかっている。


これは呪い・・・I田さんの呪いや!


F田氏にとってはほぼ裸一貫で初インドということになる。
整腸剤も、風邪薬も、タオルも、シャンプーも、
着替えの服すらない。
まさにI田さんの望んだとおりの笑えるトラブル。
もちろん笑えるのはおそらく帰国してしばらく経ってからであって
今はまったく笑えないのだが。


部屋のブザーがけたたましく鳴る。
先ほどのインド人従業員が、瓶ビールを持ってきたようだ。


「開けるか?」と聞かれたので
1本だけ栓を開けてもらう。
従業員は部屋の鍵を栓抜き代わりに使って
器用に栓を開けた。


ビールをグラスに注ぐ。
割りに冷えている。


「ちなみにどっか行きたいとこあります?」


荷物の問題があるとは言え
明日以降の予定をある程度立てておくことは必要だ。
なにせこの国は列車のチケットの予約が実に取りにくい。
どこに行くにしろ列車のチケットだけは
ここデリーで明日にでも確保しておきたい。


F田氏の小さなボディバッグに詰まった
数少ない荷物のなかに
るるぶがあった。
エステの特集や、おいしいディナー、かわいいお土産や、サリーの着こなしなどが
ふんだんな写真と共に載っている。
これは今回の旅では使いづらい。
が、酒の肴には良い。


るるぶ地球の歩き方を並べ
ビールを飲みながら明日以降の目的地を決める。


ジャイサルメールジョードプル、アジメール
その辺りの町が候補に上がった。


とにかく西へ。
今回の旅は
誇り高きヒンドゥーの戦士、ラージプート族の地、
ラージャスターン州



2本目のビールを飲み干すころには
6時になろうとしていた。


ひとまず明日の予定、
宿の延長、列車チケットの確保、F田氏の日用品の購入、
を決め、眠ることにした。






― つづく ―