第51章 モヌー・ファミリー・ペイイング・ゲストハウス ― in Varanasi 7 ―


モヌー家の軒先では
モヌーのオヤジが寝転がっていた。
4年前より髪の毛は禿げ上がり
身体もさらにまるまると膨らんでいる。


「ハロー、モヌーいる?」


オヤジは眠そうな目をして
寝転がったまま答える。


「モヌーはいま郵便局に行っている。
 あと1時間で戻る。
 1時間後にまた来なさい。
 オーケイ?」


オヤジは4年ぶりの再会にも特段驚いた様子はない。
昨日、モヌーから話を聞いているのかもしれない。
『オーケイ』の『ケイ』の部分で声が裏返るしゃべり方は健在だ。


「オーケー。じゃあまたあとで来るわ。」


オヤジは寝転がったまま右手を軽く上げた。



モヌーの帰りを待つ間
我々は近所のファジンズで時間を潰すことにした。


ファジンズは
8年前のオムライス事件の現場にもなった懐かしいレストランだ。
当時は欧米のバックパッカーたちが集まって
テレビを見ながらワイワイやっていた賑やかなレストランだったが
この日の客は我々のほかに一組のみ。
テレビもついておらず
BGMも無く、暗い。
この様子だと併設されている安宿、ゴールデンロッジも
もうあまり流行っていないのかもしれない。



紙パックのジュースをゆっくりと飲んで
ファジンズを出る。



モヌー家に戻ると
モヌーが帰ってきていた。
U君とナベタクを紹介し
8年前のモヌーが写った写真を持っている4年前のモヌーが写っている写真を
今のモヌーに持ってもらい
8年前のモヌーの写真を持った4年前のモヌーが写った写真を持った今のモヌーというややこしい写真を撮る。


「そうだ。部屋を見せてくれよ!」


モヌー家も売店からミュージックアシュラムを経て
いまやゲストハウスだ。
一度ぐらい泊まってみたい。


「オーケー。カモン!プレミアムルームを見せよう。」


モヌーに続いて階段を上る。
プレミアムルームは3階にあった。


モヌーがプレミアムルームの鍵を開ける。
ドアが開く。
モヌーの肩越しに広がった部屋を見て驚いた。
広い!
10畳近くあるだろうか。
正直あまり期待はしていなかったが
今まで泊まった宿と比べてもトップクラスに広い。


部屋に足を踏み入れる。
ピンクや青で塗り分けられたカラフルな壁。
壁にはガネーシャなど神様の絵やヴァラナシの風景写真が飾られ
扇風機も部屋の両脇の壁に2つ取り付けられている。


ベッドもでかい。
ダブルベッドを横に2つ並べくっつけたキングサイズのベッド。
3人で寝るにも十分な大きさだ。
ベッドの上には枕。
安宿では枕が無いことすらあるが
この枕は大きく、しかも柔らかい。
そして布団。
ブランケットじゃない。
これは布団だ!


さらに目を引いたのが
ベッドの向かいに置かれたインド式ソファ。
薄手のフロアソファの上には
カラフルなインド式のクッションがいくつも並べられ
くつろぐにも寝るのにも申し分なさそうだ。


壁にいくつも取り付けられた木の蓋が付いた小窓を開けると
昼間の日差しが勢い良く差し込んできた。


「グッドルームじゃないか、モヌー!」


「サンキュー!こっちも見てくれ。ここがバスルームだ。」


モヌーが部屋のもうひとつのドアを開く。
そこがバスルームだった。
バスルームには洋式トイレとシャワー。


「ホットシャワーは出るのか?」


振り返ってモヌーに尋ねる。
重要なポイントだ。


オフコース!ノープロブレムだ!
 うちはホットなんてもんじゃない。
 ボイルドだ!ボイルドシャワーだ!
 チャイだって作れるぞ!」



続いて屋上に上ってみる。
当たり前だが頭上にあるのは空だけだ。
太陽の光が満遍なく降り注いでくる。
ここは髪を乾かしたり洗濯物を干すのに持って来いだ。


今はまだなにもない、レンガが散らばっただけの屋上を見回しながら
モヌーが語りだした。


「今度、まずはここにイスとテーブルを置くんだ。
 チャイぐらいは飲めるようにする。
 カフェは必要だからな。
 お金が貯まったら、どんどん宿を大きくして
 4階や5階も作るんだ。
 どんどん大きく高くして
 屋上からガンガーが見えるように。
 屋上にはレストランを作るんだ。
 ガンガーヴューのルーフトップレストランだ。
 料理はマァムが作る。俺もチャイぐらいは入れるさ。」


宿の未来を語るモヌーの目は輝いていた。



プレミアムルームに明日泊まる予約を入れ
今日は帰ることにする。


オヤジは来たときと同じく
軒先で寝転がっていた。


「じゃあまた明日だな。モヌー。」


「シーユートゥモロー。
 ところでおまえらは今日もプージャゲストハウスに泊まるのか?」


「いや、今日はモダンビジョンゲストハウスだ。」


「モダンビジョンか!
 あそこは古いがグッドなホテルだ。
 なんでプージャはやめたんだ?」


「あぁ。追い出されたんだ。
 VIPが来るとかいって。」


それを聞いたモヌーは爆笑。


「ひどいなそれは。
 やっぱりあそこはノーグッドなホテルだ。」


傍で聞いていた親父も
寝転がったまま
「プージャはノーグッドだ。」
と吐き捨てるように言った。


この親子は本当にプージャゲストハウスが気に食わないらしい。
地元ならではの確執でもあるのだろうか。




夜はガンガーフジホームの屋上レストランに行き
ビールとパニール・カダイ、ヨーグルトチキン、ライスを
3人で取り分け夕食。



夕食を済ませたころには
外はずいぶん涼しくなっていた。


ヴィシュワナート通りを抜け
ダシャーシュワメード・ロードに差し掛かる。


「おい!キムラ!!」


いきなり背中を叩かれる。
昼間の悪ガキだ。
そのまま小走りで去っていく悪ガキ。


「オヤスミねー。キムラー!」


「木村じゃねぇよー。」



雑踏の熱も少し冷まされ
祭りのあとのような夜。
ベンガリートラ通りに面した雑貨屋から
白熱灯の光とインドポップスが漏れていた。










つづく