第49章 レディ・ステディ・ゴー ― in Varanasi 5 ―


モダンヴィジョンゲストハウス。
プージャゲストハウスを出てオムゲストハウス、ヨギニレストハウスと回り
ヴィシュヌレストハウスで満室だと門前払いされ
クミコハウスを外観だけ眺め
最終的に今日の宿に決めたのがここだ。
アパートのような造りのかなり古い建物で
部屋はバスルームも狭く暗く
3人並んで寝れるのかが不安なダブルベッドがひとつ。
もちろんエアコン無し、水シャワー。
ただ、ベッドのすぐ脇にある窓に差し込む日差しに惹かれたことと
屋上まで続く吹き抜けの構造が決め手だった。
宿代もひとりあたり100ルピー、約200円と安い。



部屋の鍵をもらい、プージャゲストハウスから荷物を移動させ
ごろごろしていると昼飯時になった。


ガイドブックに載っていた
ケサリというレストランに行ってみることにする。


モダンヴィジョンゲストハウスは
ベンガリートラという通りを抜けたところにある。
ケサリがある目抜き通り、ダシャーシュワメードロードから
北へ伸びるのがプージャゲストハウスやゴールデンロッジがあるヴィシュワナートロード、
南へ伸びるのがベンガリートラロードだ。
ベンガリートラは、勝手知ったるヴィシュワナートロードに比べ
ややジメジメとしていて、歩きにくい印象だった。
まず牛の糞が多い
これは物理的にも歩きづらい。
日陰の部分も多い。
道のあちこちに何の液体か判らない水溜りが乾ききらず残っている。
黄金寺院への参道でもあるヴィシュワナートロードに比べ
華やかさにも欠ける。
まさに裏通りといった感じだ。


そんな陰鬱なベンガリートラを
ケサリに向かって歩いていると
陽気な声で呼び止められた。


「オーイ、タナカ!」


坊主頭、陽に焼けた肌、むき出しの白い歯。
昨日、ホテルを探してるときに現れ
勝手に次々といろんなホテルを案内しだしたお調子者の悪ガキだ。
相変わらず流暢な日本語を話す。
でも、俺はタナカじゃないけどな。


「カモーン!」


カモンもなにも、悪ガキは我々の進行方向の先を勝手に歩き始める。
そういえば昨日は、弟みたいな子分みたいな少年を連れていたような・・・
と思い出していると
脇の小路からトタトタとその弟分が飛び出てきて
悪ガキと合流する。


「ドコ行きたいーの?」


悪ガキが振り返り
日本語で聞いてくる。


「あぁ、ランチだな。ケサリってとこに行こうかと。」


「おーケサリねー。こっちねー。ギャハハッ。」


少年達は我々をケサリまで案内。
そのまま店の中まで付いてきて
当たり前のように同じテーブルに座る。


我々はミネラルウォーターとターリー(定食)を注文。


我々の前にミネラルウォーターが運ばれてくる。
少年達の前には良く冷えたペプシが。


・・・おいおい、そのペプシの代金は誰が払うんだ?


「ジャパニーズコインが欲しいねー。
 100円がイイ。
 両替なんてしないねー。マイコレクションにスルダケねー。」


言い訳がましく唐突に金品を要求する悪ガキ。
100円玉をくれてやる。


「ボクにも!」


弟分もそれに便乗。
しかし100円玉はもう無かった。
代わりに10円玉を差し出す。


「10円ならイラナイ。」


両替する気マンマンじゃねぇか!?



料理を待つ間、悪ガキは下ネタを連発。
だが、我々があまり乗ってこないことを察したのか
またも唐突に
「ウデズモウするねー。ギャハハッ。」


そういえば8年前もアグラーで腕相撲をした。
場所も選ばず、道具も必要とせず、ルールも明瞭な腕相撲は
実に優れたコミュニケーションツールだなと気づく。


「最初は・・・ユーねー。」


まずはU君が指名される。
悪ガキ VS U君。


なぜか店のウェイターがレフェリーを買って出る。
仕事しろよ・・・。


「レディ・・・ゴー!」


大人なU君は見せ場を演出したうえで
わざと負けてあげる。


「次は・・・ユーねー。ギャハハッ。」
調子に乗った悪ガキは
次に俺を指名。


俺は・・・手を抜くつもりは無い。
勝負事は、なんであれ可能な限り勝ちたい。
インドでの通算成績は1勝(対:バンディ)1敗(対:バンディの友達)。
ここで勝って勝ち越す。
子供だろうが
インド人だろうが
容赦はしない。


悪ガキがテーブルの上で肘を立てる。
「アイム ストローング マン。」
不敵な笑み。
「ミー トゥー。」
俺もテーブルに肘を乗せる。


そして互いの手をガッチリと握る。


「レディ・・・」









つづく