第47章 再会 ― in Varanasi 3 ―


迷路のようなヴァラナシの小路を抜けていく。
モヌーの家の向かいのヨギロッジを目指すが
一向に辿り着かない。
陽のあたらない道と汚れた壁と牛の糞。
同じような場所ばかりをぐるぐるしている。


物売り、牛飼い、一般人。
そこらへんのインド人に
ヨギロッジの場所を尋ね続け
やっとのことでヨギロッジに到着。


景色が
わずかばかり4年前と違う気がする。


確かこのあたりだが・・・。


ヨギロッジの周りをうろうろしていると
英語で声を掛けられる。


「ハロー!
 どうしたんだ!
 お前はナニを探してる!?」


少しぽっちゃりとした
若いインド人。
まだ声変わりに慣れていないような声だ。


「いや、この辺でモヌーってやつの家知らない?」


若いインド人は少し怪訝な顔をする。


「ん?モヌーはオレだが・・・。
 あっ!!」


若いインド人が目を見開き
俺を指差す。


モヌー?!
目の前のこの青年がモヌーなのか?!
「モヌー?!
 アー ユー モヌー?!!
 4年・・・経ったぞ!!」


4年前の言葉。
『お前らは4年に一度しかオレを訪ねてこないな。』
2度目の再会で、モヌーが寂しそうな笑顔を浮かべて言った言葉だ。


「アイノウアイノウアイノウ!!
 知ってるゾ!オレはお前を知っている!
 名前は思い出せない!名前は思い出せないが
 お前の顔は知ってるゾ!4年前だ!!
 カモンッ!とりあえず中に入ってくれ!!」


マシンガンのように捲くし立てるしゃべり方は健在だ。
その勢いのままコンクリート造りのモヌーの家へ。


「ウェイトウェイトウェイト。
 ちょっと待っててくれ!」


玄関を入るとすぐに大きなテーブルがあった。
木のイスに腰掛け、慌しく屋内を右往左往するモヌーを眺める。


いわゆる帳簿のような
ぼろぼろの分厚いノートを持ってくるモヌー。


「この中にお前の名前があるはずダ!」


見るからに興奮しながらノートを捲るモヌー。


「オレは『モノ』をパーフェクトに取って置く男なんだ。
 ・・・マァム!写真は?!」


「写真もそのノートに挟んであるわよ!!」


隣の部屋からのモヌーの母ちゃんの声。
4年前と変わらない。
『モノ』を完璧にとってあるのは母ちゃんなんじゃ・・・。


「オーケーオーケーオーケー。
 写真もこの中にあるんだ。
 オレはモノは完璧に取ってある。
 ・・・あった!これだ!!」


うねうねとした文字が敷き詰められた少し黄ばんだページに
1枚の写真が挟んである。
その写真には8年前の俺とM上と
まだ中学生だったモヌーが写っていた。


「これだ!これがお前ダ!
 間違いない!覚えているゾ!覚えている!
 名前は・・・名前もノートに完璧に書いてあるはずだ!
 ・・・そうかKAZUFUMIだ!
 ひとりで来てるのか?もうひとりのやつはどうした?!」



ここはモヌー・ファミリー・ペイイング・ゲストハウス。
8年前、1日3時間の睡眠で
早朝は店の商品を仕入れ、昼は学校に行き、夜はタブラのレッスンに通い、
その合間合間で店番をしながら
「オレはプロのミュージシャンになる!」と豪語していた中学生の少年は、
その4年後、芸術分野にも多数逸材を輩出している名門バナーラス・ヒンドゥー大学に通いながら
夢への一歩を踏み出し、家でタブラのコンサートやレッスンを開いていた。
そしてさらに4年後、大人になった少年は
いまや家をゲストハウスに改造し、オーナーとなっていた。



今回は8年前、4年前とは違い
M上とではなく他の友人たちと来ていることを伝えた。
そしてお互いのこの4年間を語り合った。
モヌーはタブラー奏者として
映画にも出たらしい。


「もうこの家ではコンサートはしていないのか?
 モヌー・ミュージック・アシュラムの看板も無かったけど・・・。」


「教えるのはもうやめたんだ。
 それに・・・食事の時に演奏するのは好きじゃない。」


なるほど。
確かに4年前、モヌー家でのコンサートでは
食事も出していた。
観客は、食事をしながらモヌーの演奏を見る。聴く。
『食事の時に演奏するのは好きじゃない。』
わかる気もする。
プージャ・ゲストハウスの屋上レストランで
毎晩演奏をしているミュージシャンもどこか疲れきったような、達観したような目をしていた。
ラヴィ・シャンカールは食事の席で演奏しないだろうし
ザキール・フセインもまた、そうだろう。


「お前はチャイが好きだったな。
 飯はすべてマァムが作るが
 オレもチャイぐらいは作れる!」
と、モヌーがチャイを振舞ってくれる。


熱く、甘いチャイを飲みながら
久々モヌーのタブラの演奏を聴く。


モヌーは時折、含み笑いをしながら
楽しそうにタブラを叩いていた。


ラーガと呼ぶのだろうか。
ひととおりの流れが終わったとき
モヌーはタブラを叩くのを止め
中空を見つめながら独り言のようにつぶやいた。


「時が経つのは早い。
 ・・・もう4年が終わってしまった。」


フィニッシュ。
モヌーはPASSEDではなく、4イヤーズフィニッシュという単語を使い
少し寂しそうな顔をした。


もう、4年が「終わって」しまったのだ。




その夜、U君とナベタクと一緒に
ダシャーシュワメード・ガートで
プージャを見た。


聖なる河ガンガーのほとりで
毎晩執り行われる祈りの儀式。


オレンジ色の花と
紅い炎が闇に舞い
真っ白な煙が
真っ黒い夜の空へ吸い込まれていく。
ヴァラナシの夜に
美しい鐘の音が響いていた。










つづく