第46章 不浄の川 ― in Varanasi 2 ―


軸足に体重を乗せ
迫り来るボールから目を逸らさず
足、膝、腰の順番に回転させ
このオールのように平たいバットを振り抜く。
カニャークマリの時と同じ轍は踏まない。
絶対に打つ。
俺は断固たる決意を固め打席に入った。
大人気ないことに相手は少年達。



ガンガー沿いにはガートと呼ばれる沐浴場が連なっている。
そこには沐浴をする人々がいる。
洗濯をする人々がいる。
旅行者達が集まる。
ボートの客引きがいる。
無理やり手の平をつかんでマッサージする奴等がいる。
絵葉書を売る少年達がいる。
昼食を採ったあと我々3人はそれぞれ別行動をとることにした。
取り敢えずガートをぶらぶらしていた俺は
8年前にもサッカーをやったミール・ガートで
クリケットをやっていた少年達に声をかけられたのだ。
「ボートにスルか?!それともクリケットにスルか?!」
なんでボートの客引きも兼ねてるんだ?!とも思ったが
カニャークマリでの屈辱を晴らすには
絶好の舞台だった。
「アイ ラヴ クリケット!」
当然クリケットを選択。
ジャパニの、そして大人の実力を見せてやるわぁ!!



赤と白のボーダーのポロシャツを着た少年が助走をつけボールを投げる。
遅い!蚊が止まるわぁ!!
バットを振り抜く。
カコンッという心地よい打音とともに
打球は左前方へ。
歓声があがる。
「ジャパニ!ツーラン!!」
おー、ツーランか。
走ってないけどな。
どうやらナイスバッティングだったらしい。


そしてもう1球。
内角の球。
腕をたたむ。
パコンッと追っ付けて今度は右方向へ。
どうじゃあ!この広角に打ち分ける技術!
・・・あ。
ボールはトイレットと書かれたコンクリートの壁に直撃。
そしてそのまま転々と垂れ流しの尿の上を転がっていく。


やっちまった・・・。


8年前はサッカーボールを聖なる河へ蹴りこんでしまった。
今度はクリケットのボールを尿の川へだ。
少年達が騒ぎ出す。
「ノォォォ!!オレのボールがぁぁぁ!!」
「トイレ!トイレ!!」
小便をするジェスチャーをしながら小躍りする少年達。
「弁償しろ!ジャパニ!!」
「27ルピー!27ルピー!!」


「いや、ソーリー。すまんかった・・・。」
確かに子供相手に調子に乗り過ぎた俺が悪い。
「オーケー。わかった。弁償するよ。」


「よし!じゃあマーケットに行くぞ!ジャパニ!」
少年達に腕を引っ張られ裏路地へ。
売店で新しいボールを買う。
箱に詰められた1ダース分のボールの中から
丹念にひとつのボールを選りすぐる少年。
少年達にとって27ルピーはやはり大金なのだ。


「続きだ!ジャパニ!!」


ボールを目の前にかざして
再戦を要求する投手の少年。
続きをしたいのはやまやまだったが、俺には用があった。


「続きは明日だ!明日!!」


「オーケー。約束だからな!ジャパニ!」


ガートには戻らず
売店の前で少年達と別れる。


少年達は
甲高い雄叫びをあげながら
河の方へ走っていった。



相変わらず昼間でも薄暗い
ヴァラナシの裏路地。



用というのはあれだ。
ヨギロッジのほうに行くのだ。



もちろん
モヌーと再会するために。










つづく