第38章 そして少年は一握りの


赤い顔
青い顔
両方の色を塗りたくったのだろう、紫色の顔。
50ccのバイクに3人乗り。
カラフルなオヤジたちが目の前を通り過ぎていく。


売店、食堂、ホテル
店舗の種類に関わらず
軒並み下ろされているシャッター。


オレンジ色の野良犬がふらふらと道路脇を歩く。
野良牛も
ところどころ赤い。


前方から
ぽっちゃりとしたガキがゆらゆらとこちらに近づいてくる。
右手には色粉の袋。


目が合った。
不敵な笑みを浮かべる少年。


そのまま・・・
すれ違って・・・
3秒、4秒、5秒。


「ハッピーホーリィィィィー!!!」


「うわぁーーー!ちょっと待てぇーーーー!!」


色粉の袋を振り回し
突っ込んでくる少年。


全力ダッシュで逃げる我々。


20メートルぐらい走ったところで
少年と距離が出来た。
日頃の運動不足が祟ったのか
膝に手をあて頭を垂れるぽっちゃり少年。


「ふぅ。あきらめた・・・か?」


が、道路脇にいた色粉まみれの大人たちが
さらに少年をけしかける。


「行け!ガキ!ジャパニを色粉まみれにしてやれ!!」


「ヤァァーーーーー!!」


再び追いかけてくる少年。


「うわぁーーーーー!」


再び逃げる我々。


50メートルほど全力疾走し
なんとか今度は少年を撒いたが
周りを見渡すと色粉まみれの人間ばかりだ。


小気味良い太鼓の音が聞こえる。


駅に向かう通りの角には
太鼓打ちをぐるりと囲み
誰が誰だかわからないほど全身色粉まみれの男たちが
20人ほど徒党を組んでいた。


あれはやばい・・・。
あれは本気で関わってはいけない人たちだ・・・。


気づかれないように通りを迂回し
赤や紫の染みが広がる舗装路をさらに進んでいく。


水鉄砲を抱えた少年の脇をこそこそと通り過ぎる。


トラックの荷台に乗った赤い大人たちは
ぷかぷかと煙を吐いている。


小さな少女が
握手を求めてくる。


手のひらがピンクに染まる。



ついに駅が見えた。


なんとか無事に
駅に・・・
・・・あれ?


駅舎へと続く一本道。
その道の真ん中に立ちすくむ七三ヘアーの男。
こちらをじっと見つめている。
口元には笑み。
左手には小袋。
男はゆったりとした動作で胸の高さに掲げた小袋を
人差し指でとんとんと叩く。
袋の中からさらさらとオレンジ色の粉がこぼれ
男の右の手のひらに乗っていく。


男との距離が狭まる。


男は視線を外さない。


抜けられるのか?
駅まであと少し。
ここさえ抜ければ・・・。
こいつさえやり過ごせれば・・・。


無理やり男から視線をそらす。
うつむき加減に視線を落とす。
これから進む道だけを見て
ゆっくりと歩く。


男の気配が斜め前方に。


横に。


すぐ間近に。


一瞬の静寂。


「ハッピーホーリィィィーーーー!!!」


「うわぁぁぁぁ!!」


U君がやられた!


オレンジ色の粉が舞う。


「ちょっ!待っ!!!ぶっ・・・」


ナベタクもやられた。


左手奥に顔を押さえるU君。
右手奥に粉を振り払うように頭を振るナベタク。
その構図の中心にいた七三男が
ひらりと身を翻す。
オレンジ色に染まった男の右手が
俺の顔めがけてスローモーションで伸びてくる。


あ・・・


頬にぬるりとした感触。


やられた・・・。
あと少しだったのに・・・。


「ヘイッ!」


背後から肩を叩かれる。
振り返ると
男がもうひとり。


「ハッピーホーリィィィーーー!!」


うわぁぁぁぁーーーー!!!


今度は顔だけではなく
髪も服もオレンジまみれだ。


真夏の日差し。
2人のインド人の
爽やかな笑い声が響く。
我々の顔も自然とほころぶ。
よくわからんが
笑いがこみ上げてくる。
これから列車に乗るというのに
オレンジまみれ。
もうどうでもいいや。
むしろなんか楽しくなってきた。
そうだ
これは「ハッピーホーリー」なのだ。


我々は男たちに
「ハッピーホーリー!!」と別れを告げ
カルカッタ行きの列車が待つ
駅のホームへと向かった。










つづく