第35章 めくれたオレンジ


朝、チャーイのみで簡単に朝食を済ます。


今日はホーリー
手元には列車のチケット。
行き先はブバネーシュワル。
出発は今日の15時。
列車は・・・危険だ。
8年前の記憶が蘇る。
列車が踏み切りで減速した一瞬の隙に
後部座席で悲鳴が起こった。
窓から投げ込まれた色水入り袋で
真っ赤に染まった欧米人。
窓の外にはこちらを指差して大笑いの子供達。


列車は動いている的だから50点。
窓をすり抜けて人に命中すれば+20点。
相手が外国人ならさらに+20点。
なんてルールが子供達にはあるに違いない。


そんなことを考えながら
しばらくは宿でごろごろしていたが
さすがに朝飯がチャイだけでは腹も減る。


昼飯は近場のレストランへ。
3食オムライス生活のおかげで腹の調子は良くなりかけていたが
ここでも無難にポテトオムレツとバナナラッシー。



宿への帰り道
町がざわめいているのが判る。


顔を真っ黒に塗り
その上からさらに赤の色粉を塗りたくった
日本語ぺらぺらの売店のオヤジ。


なんか手招きされてる・・・。
あれはダメだ。
目を合わせてはいかん・・・。


色粉屋の前で
怪しい小袋に色粉を詰めている子供達。


なんか指を指されてる気がする・・・。
あれもダメだ。
目を合わせてはいかん・・・。
やられる・・・。


時折聞こえる爆竹の音。


・・・あれは本当に「爆竹の音」なのか・・・?


宴の支度は整いつつある。


14:30チェックアウト。


期待と懐古と恐怖を携え
ラヴ&ライフをあとにする。


リクシャーに乗った全身真っ赤な男が
砂埃を上げ目の前を横切る。


極彩色でカラーリングされた野良牛。


白髪を緑に染め、杖を突く老翁。


駅のホームで我々に絡んできた男は
目の焦点が合っていない。
口から発せられるのは地球外言語だ。



それでもブバネーシュワルまでは無事に着いた。
列車の窓から子供達の歓声が飛び込んでくる度びくびくしていたが
思ったほど東インドホーリーは激しくないらしい。


ブバネーシュワルの駅前で一服。


「ヘイッ!シガレット!?」


色粉まみれの男。
タバコをくれと言っている。
1本やる。


「ヘイッ!カモンッ!!」


その奥にいた別の色粉まみれの男が
こっちへ来いと言う。


「ジャパンのコインを見せてくれ!」


ご要望にお応えして
1円コインを渡す。
繁々とコインを見る色粉まみれの男。
男はコインを隣の色粉まみれの男に手渡す。
隣の男もなにか口走りながらコインを眺める。
そしてさらに隣の色粉まみれに渡す。
続いてその隣の色粉まみれに。
背後からも声が聞こえる。
気がつけば20人近い色粉まみれ達に囲まれている。
これは・・・やばい気がする。
1円玉についての議論を続けている色粉まみれ達の隙間を縫って
そそくさとその場をあとにする。



そして結局またここに戻ってきてしまった。
因縁のホテルSWAGAT。


受付の姉さんは健在。
オレンジ色のサリーを身に纏い
定位置である木の受付カウンターの向こうに座っている。
「ハァイ。」
挨拶もそこそこに
宿の台帳を差し出す姉さん。
ここはチェックインが面倒すぎる。
名前
国籍
パスポートナンバー
ヴィザナンバー
日本の住所
旅程・・・
数々の個人情報を
台帳に書き込まなければならない。


まずはU君が自前のボールペンで
台帳に書き込んでいく。
名前を書き、パスポートナンバーを書き
『どの町から来たか?』を書き込む欄。
U君のペンの動きより先に
姉さんの「プリー!」の一声。
驚いて顔をあげると
「どうせそうでしょ?」というふうににやりと笑う姉さん。
なるほど。お見通しってわけね。
我々もそうだったが
多くの旅行者にとって
ブバネーシュワルはプリーへ行くための経由地に過ぎないのだろう。


長々としたチェックインの手続きを終え
部屋の鍵をもらう。
ダメ元で目を合わせずに
「アッシュトレイ・・・。」とつぶやいてみる。
それを聞いた瞬間
姉さんは眼を見開き声を出して笑った。
大笑いしながら周りのスタッフにも何事かしゃべっている。
「日本人はしつこいわねー。」
などと言っているのだろうか。
確かに我々は前回宿泊時
フロントの前を通るたび
「アッシュトレイ(灰皿)」を要求してきた。
しつこいと言えばしつこいだろう。
ただ、結局最後まで従業員誰ひとり灰皿を持ってきてくれなかったわけだが。


ひとしきり笑い倒したあと
彼女はこちらに向き直った。


「それで、あなた達はまたペプシを買ってきたの?」


挑発的な視線。
どうやら前回宿泊時に
一向に持ってくる気配の無いアッシュトレイを諦め
ペプシの空き缶を灰皿代わりに使っていたのもばれているらしい。


そこでいたずらっぽく笑う。
「OK。アッシュトレイね。あとで持って行くわ。今度こそね。」



継続は力なり。
我々はついに姉さんのお眼鏡に適い
この宿で灰皿をもらえるようになったようだ。










つづく