第34章 ホーリー・イヴ


おかしい・・・。
静かだ。
町が全然騒がしくない。


今日はホーリーイヴのはずだ。
そして明日はホーリー
この日ばかりはカーストも貧富も関係無く
インド中で人々が色水や色粉をぶつけ合う
インドで最もファニーでエキサイティングなフェスティバル。
今日はイヴだぞ?!
しかもここは聖地プリーだぞ?!
もうフライングしておっぱじめちゃうヤツもいていいんじゃないか?!


見たところ色粉屋の屋台も1軒しか出ていない。
・・・静か過ぎる。
嵐の前の・・・ってやつか?
あるいは夜になれば・・・。



あまりに予兆を感じさせないプリーの昼を見限って
観光に興じることにする。


リクシャーに乗って町を抜け
川を越えて
風を浴び続けること1時間。
冷え切った身体で
我々はコナーラクに降り立った。


「いいか?2時間後にまたここだ。
 俺はここでおまえらを待っている。
 いいか?絶対に他のリクシャーで帰るんじゃないぞ!」


心配性のリクシャーのオヤジと一旦別れ
参道を歩き出す。
観光地なのだろうが外国人は見かけない。
道の脇には奇形の牛。
背中から足のようなものが生え
その周りに花びらや白い粉が散らされている。
牛の頭に手を乗せ祈るサリー姿の老婆。
奇なるものは聖なるものなのかもしれない。
みやげ物屋と青々とした木々が並ぶ道を抜けると
砂色の石畳が広がった。
その向こうに石造りの寺院がそびえる。
それがスーリヤ寺院だった。


気が付けば空には雲ひとつ無かった。
プリーに着いてから曇り空しか見ていなかったというのに。
そうか。
そういえばここは
太陽神を祀る寺院だ。


コナーラクのスーリヤ寺院は
美しい寺院だった。
エローラにあった圧倒的迫力と説得力は無いし
ハンピの寺院群のような面白さや歴史的ロマンも無い。
アーグラ城塞を歩き回ったときの心躍る感じも無いし
夜のブッダガヤ大菩提寺のような妖艶さと神秘性も無い。
それでも柱や屋根に彫られたレリーフ
恐ろしいほど緻密で精巧だったし
神々が刻み込まれた石の車輪が
陽の光を鈍く弾く様は
神々しく美しいものだった。
ヒンドゥー教寺院だろうが仏教寺院だろうが
厳島神社にしてもタージ・マハルにしても
月明かりの中の建築物というのは遍く美しいものだが
おそらくここは夜に映える寺院ではないのだ。
太陽の光を強く浴びて
最高に輝く昼間の寺院。
スーリヤはそんな寺院だった。



コナーラクからプリーに戻る。
宿に戻り、夜を待つ。
町は依然として静かなまま。


とりあえず飯を食いに外出してみる。
町の様子は一昨日、昨日、今日と変わっていない。
普段のままだ。


普通に町を歩き
普通にレストランに入り
普通に飯を注文。
普通に運ばれてきた普通のフィッシュオムライスを普通に食っていると
コックのオヤジがうれしそうに話しかけてきた。


「ジャパニ、ハッパはいるか?」


「ハッパ?あぁマリファナか。いらないよ。」


「なんだ。いらないのか?
 オーケーオーケー。じゃあまた明日うちに来い。
 明日と明後日はホーリーだ!
 みんなバングラッシーを飲んで
 マリファナを吸って
 ぐでんぐでんになって
 ハッピーになるんだ!ガハハッ。」


バングラッシーとマリファナ喫煙って・・・
大麻だらけじゃねぇか。
・・・いや、ちょっと待て。
「明日と明後日がホーリー」だって?!
今日と明日じゃなくて?!
・・・・・
まずい!日程を読み違えたのか?!
オヤジの話だとホーリーは「当日」と「翌日」がアツい。
クリスマスと同じ感覚でいたが
ホーリーは「イヴ」ではなく「当日の夜」が一番盛り上がるらしい。
あの8年前のデリーの夜の熱狂は
ホーリーイヴではなくホーリー当日だったのか?!


・・・ということは
明日があの狂乱の夜。


まずいまずいまずいまずい・・・。
なぜかホーリーで一番危険なのは前日、つまり今日だと思い込んでいた。
一番危険なときに町を出歩かないように
そして祭りのあとにカルカッタに到着できるように
わざわざ移動日を明日にしたのだ。
列車のチケットをわざわざ明日のものにしたのだ。
完全に読み違い。明日、明後日が一番危ねぇじゃねぇか!


つまり・・・だ。
明日、色水飛び交うホーリーの真っ最中に
町中を逃げ回るようにして駅に向かい
無防備極まりない窓全開の2等座席車両に乗って
ブバネーシュワルに戻らないといけない。
日本人なんて格好の的だ。
いや、むしろ明後日のほうがやばい。
夜、20時半カルカッタ到着予定。
ただでさえ危険だと言われる夜のサダル・ストリートを
ドラッグでベロベロになった挙句、力尽きた半死体と
ちょうど今ドラッグベロベロ中のゾンビ達を掻き分けて
空いている宿を探さなければならない。


どんなバイオハザードだそれ?
まさに決死のロード



押し寄せてくる不安感。
しかし、それと共になぜか気持ちも昂ぶってくる。



・・・クリリン、オラわくわくすっぞ!!










つづく