第33章 ラヴ&ライフ


バックパッカーの聖地と呼ばれる場所がある。
ネパールのポカラ
かつてのカオサンロード
カッパドキアフンザ、アンティグア、大理
そしてインドでは西のゴアと
東のプリー。


聖地の条件、ないし特徴として
物価が安く、飯が美味く、
願わくば風光明媚で観光客が少ない
というのがあるようだが
カオサンロードは言うまでも無く
今やこれらの町も昔のように
聖地足り得なくなってしまっているようだ。


ただ、ここプリーは今でも物価だけは安かった。
我々がプリーでの拠点として選んだ宿、ラヴ&ライフ。
その宿賃が3ベッドルームで1泊250ルピー。
日本円に換算すると約500円。ひとりあたり170円弱。
やはり南インドや都市部に比べて安い。
狭いながらもシャワールームも付いていて
部屋は戸建てのコテージタイプ。軒先にはテーブルとイスもある。
しかもガイドブックによるとホットシャワー完備!
実際は最初の5秒しかお湯は出なかったが。
まぁよくある話。


敷地内には犬も2匹うろうろしており
防犯面も安心だ。
なにせ最初にこの宿の門をくぐるとき
それはもう狂犬病が脳裡をよぎるほど吠えられまくったぐらいである。
そんな犬達もチェックインしてからは妙にフレンドリーになり
ドアを開け放しておくと勝手に我々の部屋に入ってきたり
軒先のイスに我々が座っているのに
その下に潜り込んで眠ったりもする。


コストパフォーマンスを考えれば
充分満足できる宿だったが
天井のファンだけはいただけない。
入り口のドアの脇に風力を調節するダイヤル式のスイッチがついているのだが
5段階の設定のうち
1と5しか機能しない。
ダイヤルを右に回していくと
1で風が起こり
2で風が止まり
3と4は全く無反応で
5でプロペラが吹っ飛びそうなほどファンが回りだすという仕組みだ。
1ではほぼ無風と変わらないし
5だと風が強すぎる。
その夜も風邪をひいてはいけないので
設定を1にしてシーツをかぶる。


蒸し暑い夜。
海が近いせいか。


一番ドア寄りの寝床がごそごそ蠢く。
黒いシルエットが入り口のドアに向かう。
ファンが凄まじい勢いで回りだす。
ナベタクが暑さにうんざりしてファンの風力を5にしたのだろう。


10分後
またごそごそとドア脇に向かうナベタク。
さすがに寒かったのだろう。
ファンの風力が1に戻ったようだ。


さらに10分後
またもや風が変わる。
暑いのか。


そのまた10分後。
寒いのだろう。


暑い、寒い云々より
ナベタクが何度もごそごそ動き回っているのが気になって眠れない。
しかし、10分置きの微風と最強風が何回か繰り返された後
ふいに心地よい風が吹く。
これは・・・
この風は・・・
・・・そうか
ついに・・・
ついにナベタクは、ダイヤルの微調整を繰り返すなかで
前人未到の風力2の世界に到達したのだ。


インドに上陸してから2週間。
思えばナベタクも成長したもんだ。
駅のチケット売り場に並ぶときに
割り込みインド人をブロックできるようになったし
列車の中の小さいゴキブリを潰すのは誰よりも上手い。
そしていま彼は
事実上不可能だと思われていた風力2を生み出している。
・・・そんなわけの解らないことを考えているうち
次第に深い眠りへと落ちていった。



翌日も曇りだった。
この時期のインドにしてはめずらしく
2日連続の曇天。


敷地内の食堂で
トマトオムレツとマサラチャイを並べた朝食。
なんでここのコックはオムレツはちゃんと作れるのに
オムライスはあんなことになってしまうのだろう。
オムレツでは溶き卵を使うのに
オムライスでは目玉焼きを使うそのセンスが理解できん。
足元ではオコボレを戴こうと
2匹の犬がぐるぐる回っている。


敷地内の中庭にある井戸の周りが騒がしい。
井戸を囲んで宿の従業員の少年達がわぁわぁと言い合っている。
どうやら水が出なくなったらしい。
ひとりの少年が一生懸命ポンプのレバーを上下させているが
一向に水が出る気配が無い。


チャイをすすりながらぼんやりとその様子を眺める。


埒が明かないと判断したのか
年長の少年が他3人の少年になにやら指示を出している。


3人の少年達は大袈裟に頷き
宿の外へ駆けていく。


しばらくすると少年達が水の入ったバケツを抱え
小走りで戻ってくる。


その水を順番に井戸に入れる。


井戸の中が水で満たされる。
当然、ポンプを動かせば井戸から水が出てくる。


それを空になったバケツで受ける。


水が出るようになって
みんなで井戸を囲んで大喜び。



うーーーん、それあんま井戸の意味無いんじゃねぇかなぁ・・・。










つづく