【16】 蛋


列車は広州に到着した。
朝9時の手前。
初めて降り立った中国の街。
その広州に4日ぶりに戻ってきた。
短い旅だと思う。
駅舎を抜けると
まだ朝だと言うのに
強烈な日差しが肌に刺さる。
南寧でも桂林でも同じ朝の日差しを浴びたのに
これは広州ならではの日差しだと、ふと思う。



とりあえずトイレに行きたい。
この中国で初めてと言うほど
腹の調子が悪い。
旅の疲れもあるがやはり昨夜は
暴飲暴食しすぎたと言うところだろう。


切符を持っていないと
鉄道駅には戻れないので
地下鉄の駅に入りうろうろする。
トイレは無い。
我慢も限界近くなり
駅員に尋ねるも
駅にトイレは無いと言う。


結局また地上に戻り
3ツ星ホテルに駆け込み
トイレを借りる。


個室に入り
一息ついたところで
素晴らしいアイディアを思いつく。
よく考えれば今夜が最後の宿だ。
最後ぐらい贅沢して
4ツ星ホテルにでも泊まろうではないか。
別にプールに入らなくてもいいし
テニスコートを使おうとも思わない。
それでも全日空ホテルやホテルニッコーより全然凄い
最高のラグジュアリー体験が待っているかもしれない。


5ツ星ホテルでないところが
やはり貧乏旅行癖が抜ききれていないというところか。


ガイドブックを捲って
適当なホテルを探す。
どうせなら海に近い地域の方が良い。
旅には海が付き物だ。
瀬戸内で育った俺には
海は特別なものだった。
母なる海と良く言うが
母だろうがなんだろうが
とにかく海を見ると落ち着き
郷愁の念に駆られるのだ。


地下鉄の駅に戻る。
目星のホテルは番禺賓館(ばんぐうひんかん)。
ホテルから空港へのリムジンバスも出ている。
明日早朝には空港に向かうことも考えれば
実に便利だ。海までも割りと近い。
目的駅は市橋。


自動券売機の列に並ぶ。
順番が2番目に来たところで
前に並んでいたおばちゃんが振り返り
中国語で話しかけてくる。
困った顔で券売機の液晶モニターを指差しているところを見ると
どうやら切符の買い方がわからないようだ。
行きたい駅の名前がかろうじて聞き取れたので
タッチ式のモニター画面から4番線を選択し
代わりに切符を買ってあげる。
おばちゃんは笑顔でお礼を言ってくれているようだったが
「どういたしまして」
と日本語で返すと
眼を丸くした。


広州の地下鉄は本当に便利だ。
至るところで路線の乗換えが出来、
街の隅々まで行くことが出来る。
おまけに早い。


市橋に到着したところで
さすがに腹が減ってきた。
昨夜、桂林米粉を食ってからなにも食べていない。
もうすぐ昼になる。
地下鉄駅の出口のすぐ傍に公園があり
その奥に小さな食堂があった。
店先にメニューの写真が数点飾ってある。
どうやら広東料理を扱っているらしい。
入ってみる。


席に座ると
すぐに水と漢字のメニューが出される。
1週間も中国にいれば
漢字の意味も大分わかってくる。
「卵」は「蛋」と書く。
皮蛋(ピータン)の蛋だ。
ということはこのメニューにある「蛋」の字が付く料理は
卵料理ということになる。
そういえば卵料理は食べていない。
ぜひ挑戦してみよう。
俺は「蛋」の字が付いた料理のひとつを指差し
店員に注文する。
店員が怪訝な顔をする。
人差し指を立てながらなにか言っているが
広東語はさっぱりわからない。
言葉が通じないことがわかると
店員は壁に張ってある料理の写真を指差したり
机の上のメニューの一覧を指でなぞりながら
引き続き聞き取れない広東語をしゃべる。


・・・そうか!なるほど!
俺は天啓を受ける。
今頼んだ卵料理はきっとおかずなのだ!もしくはスープ。
人差し指を立てているのはそれ「1つ」でいいのかということなのだ。
ご飯はいらないのか?ということなのだ。
そう理解して
壁に貼られた写真の中から肉の乗った炊き込みご飯のようなものも指差し
追加で注文する。
店員は納得したようにうなずく。
しかし、卵料理に関してはまだ質問があるようだ。
注文した「蛋」の字が付いた料理の名前を指差しまだ何か言っている。
俺が首を横に振ると
店員は注文を控える紙に
「温」と「冷」の2文字を書いて見せる。
冷たい卵料理?
いやいや、無いっしょ。
もちろん「温」を選ぶ。
そこでやっとこさ注文が完了。


10分ほど待つと
料理が運ばれてくる。
写真に乗っていった炊き込みご飯。
陶製のふたをあけると
ほかほかと湯気が立つ。
上に乗っているのはどうやら鶏肉ではない。
鴨肉かもしれない。
セットで冬瓜のスープと青菜の炒め物も付いてくる。
さらにこれに卵料理も付くのだ。
これは贅沢な昼食になる。


続いて卵料理が運ばれてくる。


あれ?・・・卵・・・料理?
テーブルに置かれたのは
大きな茶碗とレンゲ。
茶碗の中は薄黄色のぷるぷるしたもので満たされている。
固形だ。スープでもない。
・・・なんとなくそこで結論は予想出来たが
念のためレンゲを突っ込み
そのぷるぷるを口に運んでみる。


あーーー・・・なるほど。


うーーーん・・・プリンだねぇ・・・。
「温」かいプリン。
茶碗一杯分の大量のプリン。


・・・確かに、卵料理だけどねぇ・・・。





― 続 ―



炊き込みご飯。
鴨肉がスパイスで香り付けされていて美味。
さっぱりあっさりと
素材の旨味を活かした
なるほど広東料理という一品。



そして・・・温プリン。
これだけで腹が膨れます。