【15】 翡翠石


おとついの時点で既に浅黒かった肌に
さらに磨きが掛かっている。
俺が陽朔に行っている間
目の前のこの男は
若い稲穂の鮮やかなグリーンが広がる龍勝で
もう一皮、陽に焼けたのだろう。
残り1時間の桂林の夜。
上海から旅行に来たという胡散臭い中国人との再会である。


男はここで初めて名前を名乗った。
「唐」さんと言うらしい。
「中国の昔の国でトウと言うのがアリマシタ。
 ワタシの漢字はそのトウです。」
彼は流暢な日本語で
そう説明した。


「アナタは今からドコに行くんですか?」


2日前、初めて出会ったときと
同じ質問だ。


「あー駅に戻ります。21時過ぎの列車で広州に戻るんです。」


「ソウデスカ。ワタシはこれからヨアソビです。ハハハッ。」


笑いながら今夜のスケジュールを漏らす唐さん。
浅黒い肌に赤みが差しているように見える。
彼もまた、酔っ払っているのかもしれない。


「中国では夜なにして遊ぶんですか?」


俺の社交辞令的な質問に
唐さんは、にやりと笑って応える。


「今中国ではカラオケが流行ってマス。
 カラオケはニホンから輸入されマシタネー。」


「へぇー、中国にもカラオケが。」


こんなところまで旅行に来て
「カラオケ」という名詞を聞くとは思わなかった。


「デモ中国でカラオケは進化シマシタ!!」


唐さんの発する言葉が力を帯びてくる。


「進化?」


「進化デスネー!
 中国のカラオケはニホンとチョット違うネー。
 中国のカラオケは客に女の子が着くネー。
 ソシテ歌ったあと連れ出してイッパツヤレるネー!!」


急に興奮しだす唐さん。
言葉遣いも砕けてきた。


「一緒にイキマショウ!
 ニホンジンはモテるねー。
 アナタだったら絶対イッパツヤレるねー。
 そしてワタシもオコボレもらえるネー。」


どうやら中国のカラオケは
風俗的な意味合いが強いらしい。
飲んで歌って連れ出す。
緩いキャバクラのようなものだろうか。


俺は今夜の列車に乗らないと
日本に帰れない旨を説明し
このまままっすぐ駅に向かうことを伝えた。


「残念デス。本当に残念デス。」


唐さんは少しうつむく。
本当に残念そうだ。


「あ、チョット待ってクダサイ・・・。」


そう言いながら顔を上げた唐さんは
肩から提げたポーチに手を突っ込み
中から米粒なようなものをつまみ出す。
深い緑色をした小さなカケラ。


「コレをアナタにアゲマス。」


手のひらに乗せられた小さなカケラ。


「これはなんですか?お菓子?薬?」


「コレは翡翠の石デス。
 中国はトテモ広いデスネ。
 遠くに離れてしまうトモダチもいます。
 なかなか会えない。
 中国人はそんなトモダチに自分の代わりに石をワタシマス。
 中国の習慣ネー。
 コレはトモダチの証デス。」



2人は再び歩き出す。
翡翠の石を渡した唐さんは
引き続き上機嫌に中国のカラオケがいかに素晴らしいかを語る。
俺も上機嫌に笑いながら相槌を入れる。
駅の2つ手前の交差点は赤信号だった。
そこで立ち止まる。
「今度は上海に来てクダサイ。」
別れ際に唐さんと握手を交わす。
信号が青に変わる。
そして唐さんは横断歩道を斜めに渡り
桂林の夜に消えていった。


駅前の大通り沿いはやけに明るかった。
2日前桂林に到着したときの夜よりも明るく感じる。
相変わらず車のヘッドライトは引っ切り無しに眼前を横切るし
道路の両脇のビルやホテルは競い合うように赤や青の電飾をかざしている。
その光の全てが
雨に濡れたように滲んで見える。
ブランデーの影響だ。


歩道沿いのビルの出入り口に
煌びやかなドレスを着た女性が2人立っている。
スパンコールをあしらった薄い紫のドレスと白のドレス。
Yシャツに黒いベストを着た髭の男が
手を叩きながら呼び込みをやっている。
ピンク色の電飾の看板には
「KARAOKE」の文字。
料金は280元と書いてある。
俺がこの街で泊まった宿の約3倍の料金。
中国のカラオケは3ツ星ホテル並み。


なるほど。そりゃ高いわけだ。



― 続 ―