【14】 斜陽


バスは桂林の駅前に終着した。
太陽は駅舎に隠れるほど傾いている。
もうすぐ空は茜色に染まるのだろう。


列車の出発時刻までたっぷり4時間はある。


どこかで時間を潰そうと
大通りから派生する小路に入ったり出たりしているうちに
「BAR」と書かれた看板を掲げた
ログハウスのような建物があった。


分厚い木製のドアに嵌め込まれた窓から中を覗き込むと
欧米人のカップルが一組。
ソファに座ってパソコンをいじっている。


良さげな雰囲気だ。
インターネットも出来るかもしれない。
天井まで届く大きな本棚に雑誌や本が溢れているのも見える。


ドアを引き開ける。
カランカランと木鈴の音が響く。


「ハロー。」


欧米人カップルがこちらに笑顔を向ける。


「ハロー。」


欧米人カップルに挨拶を返し
本棚の傍の木のテーブルに着く。


「ニーハオ。」


奥のカウンターから
ジーンズにピンクのTシャツ姿のぽっちゃりした娘が出てくる。
高校生ぐらいだろうか。
家の手伝いといった感じだ。
顔つきがいわゆる中国顔ではない。
沖縄出身の女子プロゴルファーに似ている。
チワン族なのかもしれない。


とりあえず瓶ビールを頼む。


「純生」の瓶がやってきた。
小ぶりなジョッキに注ぎ
本棚から雑誌を引っ張り出してきてパラパラ捲りながら
チビチビやっていると
欧米人カップルは店の奥に消えていった。


「あっちにはなにがあるの?」


「うちはゲストハウスもやってるのよ。3部屋しか無いけどね。」


チワン娘が笑いながら答える。


どうやら1階がBARで
2階と3階が宿になっているらしい。
宿代は100元(約1400円)から。
また機会があれば
こういうアットホームなBARつきの宿も悪くないと思う。


2杯目は中国ブランデーを。
ブランデーグラスの底を手のひらの体温で温め
香りを立てる。
中国でなにやってんだ、俺は。


チワン娘は客が俺だけになったので
隣のテーブルにノートと本を開き
なにやら書き込んでいる。
学校の宿題でもやっているのだろうか。


喉も焼けそうなブランデーを口に含みながら
ぐるりと店内を見回す。
あらためてなかなか良いバーだ。
壁は煉瓦張り。
端の角にあるソファ以外は
テーブルやイス、カウンターまでも木で統一されている。
ほのかな暖色の白熱灯の光が店内に染み渡り
夕暮れのような色合いを出している。
それとは別にバーカウンターのボトル棚からは
赤や黄色といった鮮やかな光が漏れ
その光をカウンターにぶら下げられたグラスが弾いている。
それがまた良い。



「あっ、このお酒はある?」


リュックから取り出したメモ帳に「三花酒」と書き込み
チワン娘にそれを見せながら訊いてみる。
確か桂林には桂林三花酒という銘酒があることを思い出したのだ。


「あるわよ。でもすごく強いわよ。」


眉間に皺を寄せながら大袈裟にベリィストロングと言うチワン娘。


「オーケー。ノープロブレム。」



チワン娘はイスを踏み台にして
ボトル棚を物色するが
すぐに振り向いて大きな瞳を細める。


「ソーリー。今切らしてるみたい。」


「なにか他に中国のものは無い?」


尋ねるとチワン娘は
ボトル棚から手のひらサイズの小さな小瓶を持ってきて
テーブルの上に置いた。


「これもストロングよ。フィフティファイブ。」


見ると52度と書いてある。
しかもボトル販売のみらしい。
さすがに今夜列車に乗るのに
52度をボトル1本飲むわけにもいかない。


「見せてもらってもいい?」


ボトル棚を指差し訊いてみる。
それにしても英語が通じるのは楽だ。
商売柄英語を使うことも多いのだろう。
チワン娘は実に流暢な英語を使う。
カウンターの中に入れてもらい
チワン娘と一緒にボトル棚を物色。
ただ先程飲んだブランデー以外の中国の酒は
全てボトル販売らしい。
かといってレミーマルタンやジャック・ダニエルを飲む気にもなれない。


結局、中国ビール1本、中国ブランデー3杯を飲み
インターネットも拝借したあと
20時には店を出た。


良い感じの酔い具合で
さらに繁華街をうろうろする。


そして例の米粉店へ。
今日の締めは桂林米粉ビーフン)だ。


この2日間
何もしてこなかったわけではない。
「蛋」という文字が
「卵」を意味することを学んでいたのだ。
あの豆乳事件から2日、
ついに俺はトッピングに成功。
煮卵だ。
この卵が実に美味い。
濃厚な黄身の部分が非常に多いのだ。
もしかしたら鶏卵ではないのかもしれない。
カリカリのチャーシューも
青唐辛子も小ネギも
もちろんモチモチの麺も相変わらず抜群の美味さだ。
飲んだあとに桂林米粉で締める。
こんな生活が日本で出来たらどんなに幸せだろうかとも思う。
最後は豚骨スープでスープ割り。
綺麗に飲み干し
店をあとにする。


さて、そろそろ駅に向かおう。


大通りに戻り
ライトアップされた河を眺めながら
ふらふらと駅に向かう。


「すいません!すいません!」


背後から日本語が聞こえる。
酔っ払っているためか
その声が自分に向けられていると気付くまで
一瞬、間があったあと振り返る。


「やっぱりアナタでしたか!」


ブランデーが効いてきて
視界が少しぼんやりしている。
ん?・・・あーーー、あれだ。
おとついの・・・あの胡散臭い上海男!?




― 続 ―




やめられない。止まらない。
桂林の汁無しビーフン。
煮卵と赤唐辛子をトッピング・オン。



西日本ではお馴染みの上島珈琲。
U.C.C(Ueshima Coffee Company)のはずだが
なぜか桂林ではU.B.C。
Bはブラックコーヒーの略だと善意的に解釈してみる。