【8】 桂林到着


列車は1時間遅れて
20時20分に桂林に到着した。
ケツが痛い。
南寧から乗った列車のクラスは硬座。
文字通り最安値の硬い座席車両であった。
車内は禁煙のはずだが
車両の連結部では皆モクモクとタバコを吸っていた。
連結部は車内には入らないのだろうか。
傍の壊れた洗面台の排水溝には
幾本ものタバコが突き立てられ
洗面台の下にはゴミの山。
カップラーメンのカップ
空のペットボトルなどが転がっている。
列車内にして列車内に非ず。
連結部即是非車内。
列車の連結部とはそう言う場所なのかもしれない。


駅を出ると大きな道路が横に走っていた。
背の低い木を携えた中央分離帯に区切られた片側2車線。
車やバス、バイクのヘッドライトが
引っ切り無しに目の前を横切る。
明るい夜だ。
ガイドブックを開く。
地図によるとホテルやレストランもこの大通り沿い。
旅行者にとっての街の機能が全てこの大通り沿いに揃っているようだった。
その大通りを賑やかなほうに向かって歩いていく。


目指す泰和飯店は
駅から大通りを5分ほど歩いたところにあった。
ガイドブックに載っていた2ツ星ホテル。
シングルルームが空いていなかったので
ツインベッドの部屋にチェックイン。
1泊90元、約1300円だ。
シングルルームは110元だったが
なぜかそれより安く泊まれた。
中国ではツインルームにひとりで泊まってもふたりで泊まっても料金は一緒
部屋ごとに料金が決まっていると聞いていたが
半額にまけてくれたのだろうか。
フロントの女性が電卓を叩きながら
中国語でなにやら言っているのを
訳もわからず頷いていたが
もしかしたら料金の割引のことだったのかもしれない。
とにかくラッキーだ。


部屋に荷物を置いた後は
散歩がてら飯を食いに外に出る。


大通り沿いは本当に明るい。
歩道には規則正しく街灯が立ち並び
ホテルやレストランが多いおかげか
大通り全体がライトに照らされている。
そこら中にある露店からも
白熱灯の暖かい光が漏れている。
途中に橋があり
その下を川が流れている。
川沿いも川面も緑や紫の電灯で彩られ
右手の下流には金と銀にライトアップされた一対の塔が
川にも闇にも浮かんでいた。
公園から歌声が聞こえる。
クリスマスの街並みのようだ。


十字路の角に
ガイドブックで見かけたレストランがあったので
入ってみる。


店内はさらに明るかった。
中央に大きなテーブルがあり
その上に料理が並んでいる。
テーブルの周りを客が囲み
料理を指差しては隣に立つ店員になにかを伝え
店員がメモを取っている。
料理を見ながら食べたいものを選ぶシステムのようだ。


空いている席に座り
水を出してもらった後
俺も中央のテーブルに向かう。


テーブルの上に大きな魚があるのが目に付く。
揚げた川魚をビールで煮込むという
陽朔名物「陽朔ビール魚」に違いない。
陽朔は隣の町なので本場ではないのだが
実に美味そうだ。
店員を呼び寄せ「陽朔ビール魚」と
その近くにあった茄子の炒め物を注文。


席でしばらく待つと
「陽朔ビール魚」と「茄子の炒め物」が運ばれてきた。
ニンニクの香りが鼻腔をくすぐる。
これはぜひご飯が欲しい。
店員を呼び寄せ
「ご飯、ハン、ライス。」
と適当に言葉を並べ
ジェスチャーも加えて伝える。
うまく伝わったらしく
茶碗に山盛りのご飯も運ばれてきた。


ビール魚に手をつける。
臭みはまったく無い。
というか他の刺激的な香りに消されているのかもしれない。
皮はサクサク
身はほっこり
ソースの味も甘辛く
淡白な白身魚の味が良く引き立っているし
ご飯もすすむ。
茄子の炒め物も抜群に美味い。
赤と青、2種類の唐辛子とニンニクと一緒に炒められ
こちらはさらに刺激的な味。
これまたご飯がすすむ。


こうなるとビールが飲みたくなっている。


中央のテーブルの横に
ドリンクカウンターのようなものが見えたので
席を立ちそこに向かう。


カウンターにはドリンクメニューが掲げられているが
中に店員がいない。
カウンターの周りには中身の入ったビールやジュースがレイアウトされている。
さて、どうしたものかと立ち尽くしていると
「ニーハオ!」と声をかけられる。
振り返ると
小柄な娘が立っていた。
チャイナドレスにも似た
赤い中国風のワンピースを着ている。
他の店員は制服を着ているが
名札はついているのでこの娘も店員だろう。


「ピージュウ!」
レイアウトされていた「純生」と書かれたビールらしきものを指差し
中国語で「ビール」を注文してみる。


「ノーノー。ピェンギャオ。」
それを聞いて娘は笑顔で俺の発音を正す。


「ピェンギャオ?」
広東語だろうか?
もしくはチワン族の方言?


「ノノ。ピェンギュァオ。」


違いがわからん。


「んー・・・、ピェンギュァオ?」


「ン。ピェンギュァオ。ハイ!」


娘はもう一度発音を正すと
カウンターに置かれた「純生」をつかみ
笑顔でそれを差し出した。


えっ?!これ?!
冷えたの持ってきてくれるんじゃないの?!


明らかに常温放置だ。
しかし娘の満面の笑顔に押し切られ
「シェーシェー・・・。」とお礼を言い
「純生」瓶ビールを受け取り席に戻る。


ビールは当然ぬるかったが
飯は美味かった。
そのおかげでぬるいビールも美味く感じた。


食べ終わり
入り口傍のレジで支払いを済ます。


店を出るとき
先程のビール娘が笑顔で手を振ってくれているのが見えた。
俺も笑顔で手を振り返し
店を出た。



反日感情など
どこにあるのだろう。
広州でも南寧でも桂林でも
人々は旅行者への暖かさに満ちている。
その辺の強面のにいちゃんが親切に道を案内してくれるし
銀行でも駅でも一生懸命解決するまで対応してくれる。
困っていれば誰かが話しかけてきてくれるし
頼んでもいないのに勝手に料金を負けてくれる。
なにより皆笑顔だ。



泰和飯店の部屋は
やや老朽化が進んでおり
シャワーの勢いもいまいちだったが
それでも冷房と
ふかふかの掛け布団のおかげで
その夜もぐっすりと眠ることが出来た。


翌朝9時に眼を覚ます。
チェックアウトは12時。
今日はバスで陽朔に向かう予定だったが
朝飯を食うために街に繰り出すことにした。


昨日歩いた大通りを同じように歩く。
10分ほど歩くと昨日夕食を食べた店が見えてくる。
今日はまだオープンしていないようだ。
店の前の十字路を右に折れてみる。
広場の脇から始まるその小路には
露店や小店舗が並び
朝にも関わらずたくさんの人々が行き来していた。
アーケードこそ無いものの
広島や吉祥寺に似た
賑やかな商店街だ。


「ニーハオ!」


ふいに後ろから肩を叩かれる。


振り返ると中年の男。
白髪の混じった短髪。
日に焼けた顔。
半そでの柄シャツと
黒のスラックス。
背は同じぐらい。
痩せているが妙に姿勢が良い。
年齢は40歳ぐらいだろうか。



男は手に持った地図を差し出しながら
おそらく中国語で俺に道を訊いてくる。


「ソーリー。アイ ドント ノウ チャイニーズ。」


「オー、ユーアーノットチャイニーズ?!」
今度は英語だ。


「イェス。アイム ジャパニーズ。」


「おぉ!日本人ですかぁ!!」


?!
日本語!?
しかもかなり流暢だ。


異国の地で
日本語ペラペラの
現地人。
しかも接近は向こうから。


偶然か?
この人混みの中
ピンポイントで俺に?


インドではこのパターンはイエロー。
9割8分は騙される。


キタよキタよ!
ついに胡散臭いのが!!



― 続 ―





夜の桂林。
街全体がライトアップされているようだった。



飯。
グンバツです。



入ってみたくなる小路。
地井さんならまず間違いなく散歩するだろう。