【7】 青岛啤酒


客のフリをしてドアマンに扉を開けてもらい
フロント前を颯爽と通り過ぎ
トイレへ一直線。
ゆっくりと用を足したあと
ソファでくつろぐブルジョワ達を尻目に
再びドアマンに扉を開けてもらい
何事も無かったかのように外へ。
4ツ星ホテルの綺麗なトイレで
優雅に朝のお通じを済ませたあとは
やることが無くなった。


ガイドブックを開いたところで
南寧には目ぼしい観光スポットは見当たらない。
なにより列車出発まであと2時間。
時間が中途半端過ぎる。


とりあえずぶらぶらと街を散策することにした。


広州ほどではないが
南寧もそこそこの都会であった。
舗装された道路があり
その脇に並木道があり
都会的なショッピングモールやホテルが
街路樹の隙間から顔を出す。
それでいて道路脇にはこじんまりとした商店も立ち並び
南国の眩しい日差しも手伝って、街は活気に溢れている。
店先に木のイスを引っ張り出して
お茶を飲んだり飯を食ったりしているおっさんやお姉さん。
木陰で座って歓談している若者達。


若者達がこちらをちらちらと見ている。


意を決したようにその中の一人
タンクトップを着たボウズの若者が飛び出してきた。


「ニーハオ!」


「ニーハオ!」
挨拶を返す。


「アー・・・ヤッポン?!」
はにかみながら尋ねるボウズ。


ヤッポンとは広東語で日本のことだ。
昨日覚えた。


「ヤー。」
頷く。


「オーヤッポンヤン!!」


笑顔で握手を求められたので応じる。
木陰に居たというのにその手は汗だくだ。


続いてカードを渡される。
なんだこれ?
カードには南国の風景と電話番号、「旅社」の文字。
旅行代理店の名刺のようだ。


「いやいや俺、トゥデイ、グヮイリンやから。」


日本語と英語と中国語を交えた節操の無い言語を発しながら
カードを返そうとすると
ボウズは笑いながら俺の肩を叩き
カードをもう1枚渡す。


違うデザインのカード。
・・・でも書かれた会社名は同じ。


「いやいや、こんなん2枚も貰ってもしょうがないし!」


ボウズは満面の笑顔でなにやら言っている。
言葉はさっぱりわからない。


ボウズが日本人とのコンタクトに成功したため
木陰で休んでいた若者達が次々と飛び出してくる。


そして皆、俺にカードを渡す。


カードのデザインは様々だ。
でもみな同じ会社のものだ。
デザインが被っているものすらある。
この店の名刺をコンプリートしてしまいそうな勢いだ。


左手がカードで一杯になったところで
もう一度リーダーと思われるボウズと握手をし
「再見(サイツェン)!!」と手を振って
その場をあとにする。
「サイツェン!!」
皆、手を振っている。


なんとなく気恥ずかしくなって
そこですぐ左の路地に曲がってしまったため
5分後には
また駅前に戻ってきてしまった。


さて、まだゆうに2時間はある。


駅前の道路を先程歩いた方向は逆に
歩いてみる。


しばらく歩くと
道路を走る車の音にまぎれて
賑やかな声が聞こえてきた。


声の出所は左手前方にあった。
見るからに食堂だ。
店先では
中学生ぐらいの女の子が2人、
座布団ぐらいはあろうかと思うほどの大きな鉄鍋で
なにかを焼いており、モクモクと湯気が立ち昇っている。
食堂にドアは無くオープンな店内では
老若男女が飯を食ったり昼間っからビールを飲んだりしている。
ビールか・・・。


鉄鍋に近づいてみる。
中を覗き込むと
香ばしそうな焼き餃子がいくつも並べられていた。
昼間から餃子でビールか・・・。
おあつらえ向きじゃねぇか!


「これいくら?」


鉄鍋の中の餃子を指差し
日本語で尋ねる。
どうせ広東語はしゃべれないし
英語も通じないだろう。


聞き慣れない言語に少しびっくりしたようだが
片方の女の子がなにやら応えてくれる。


さっぱりわからない。


もう一度ゆっくりとしゃべってくれるが
それでもわかるはずも無い。


今度はその隣の女の子が
何本かの指を立てながら
説明してくれる。


数や料金を示しているのだろうが
これも要領を得ない。
どうやら指の折り方も違うようだ。


お互い首を傾げていると
また、片方の女の子が焼きあがった餃子を皿に乗せ始めた。
ひとつずつ、ゆっくりと、こちらの様子を伺いながら。


ひとぉつ・・・ふたぁつ・・・みっつ・・・
よっつ・・・いつつ・・・


「そこぉ!!ストップ!!その数!!」


餃子が5つ、皿に並んだところで
女の子の動きを手で制す。


これでいいのかと言うように
女の子は餃子の乗った皿を差し出す。


皿を受け取ると女の子はガサゴソと机の引き出しから
プラスチックの札を取り出し差し出した。


「これは?」


「あっち。」


指差された方を振り向くとレジがあった。
なるほど。これを持って行ってレジで支払いね。


餃子の皿を抱えたままレジに食券札を持って行き
レジの横の冷蔵庫から瓶ビールも取り出し
支払いを済ます。


空いている席に座る。
テーブルもイスも木製。
ところどころに設置された恐ろしく巨大な扇風機の風も気休めにしかならず
店内はすさまじく蒸し暑い。
が、その分ビールは進む。


餃子を一皿あけたころ
ビールも1本あいた。


出発まではまだまだ1時間以上ある。
ガイドブックを眺めながらタバコを吹かしていると
良く日に焼けて黒々としたおっさん達と青年達が
ドカドカとやってきて
向かいの席でこちらも一杯やり始めた。


仕事終わりなのだろう。
ワイワイと実に楽しそうに酒を飲んでいる。
異国でひとり。
その周りでその国の日常が回る。
酔っ払っているからだろうか
そのことが実に新鮮で、面白いことのように思えた。



屋根がカタカタとなり始めた。
入り口のほうを見ると
外は雨模様。
スコールか・・・?
あっという間の大雨だった。


うーん、この雨じゃ店を出るわけにはいかんなぁ。
・・・もう1本飲むかぁー。
だってみんな飲んでんだもーーーん。


レジに向かいもう1本瓶ビールを購入。


そしてわずかビール2本で泥酔。
確かに、疲れていた。


その分、駅に向かうときに浴びた雨が
火照った身体に心地よかった。



― 続 ―



餃子は正直、宇都宮のほうが美味い。
でも餃子に豆板醤をつけて食うのは新鮮。



本当に楽しそうなおっちゃんたち。