【6】 南寧


朝9時、列車は少し遅れて南寧駅に到着した。
南寧は広西チワン族自治区の首府であり
ベトナムとの玄関口でもある街。
民族も所謂中国人である漢族ではなく
チワン族が約半数を占める自治区だ。


駅前には田舎のフェスティバルのように
多くのテントが並んでいる。
プラカードのようなものを掲げた若者達もいる。
大学の新歓コンパだろうか。
日差しは南国のものに近く
まだ9時だというのに暑い。
リュックを背負って
辺りを見回しているだけで
背中に汗がにじんでくる。
リュックを背負って
背中に汗がにじむ。これは確かに旅行に来たときの感覚だ。


朝飯を食う前に
やることがひとつあった。
列車のチケット入手である。
広州から桂林への直行便が取れず
ここ南寧まで大きく西に600キロ程はじかれた状態だが
ここから桂林までの列車なら取れるかもしれない。


駅舎の階段を降り、その前に広がる広場で
タバコを吹かしながら
周りをぐるっと見回すと
「旅行社」と書かれた看板を掲げる小さな店舗が目に付いた。


間違いなく旅行代理店だろう。
インドでは旅行代理店は極力敬遠してきたが
ここ中国では別だ。
広州で、楽に、しかも親切にチケットを取れたという背景がある。


タバコの火を消して
旅行代理店に歩み寄り
ガラスの引き戸を引き開ける。


正面のカウンターには従業員が3人。
カウンターに人がいる。
条件反射のように声を発する。


「ニーハオ!グヮイリン?!」


英文法は不要だ。
単語の方がこの国では通じやすそうな気がする。


「グヮイリン?!バス?」


真ん中の受付の女性が応える。
が、長距離バスは絶対に嫌だ。


「ノー。トレイン!」


「トレインならあっちよ。駅がすぐそこにあるわ。」


受付の女性は流暢な英語で応えながら
駅の方向を指差した。


「オ、オーケー。シェーシェー。」


旅行代理店をあとにする。
・・・あー、やっぱりそうなるのね。
旅行代理店で列車のチケットをとれれば
少々お金がかかってもそれでいいと思っていた。
しかし、そううまくもいかないらしい。
指差された方向、駅の切符売り場に向かったところで
案の定そこには予想通り長蛇の列が10列ほどに渡って出来ていた。
広州の代理店であらかじめ全日程のチケットを取っておかなかったことを
あらためて後悔する。


冷房など無い蒸し風呂のような駅舎で
30分ほど行列に並ぶ。
外国人など来ないのだろうか
窓口で「ハロー」と言ってみただけで
オフィスは大騒ぎだ。
窓口のおばちゃんは慌てて眼鏡の若い女性を呼び出すが
彼女の英語も独特。「V」の発音が出来ない。
もちろん俺の英語も拙い。
結局ここでも筆談と、パソコンの画面の指差しで
なんとかチケットを入手。
手続きが終わったときにはなぜか拍手までおきていた。


手に入れたチケットは2枚。
1枚は4時間後の南寧発、桂林行き。
もう1枚は2日後の桂林発、広州行き。
わずか1週間の旅。
これでおおまかな日程は決定したことになる。


さて、やっと朝飯だ。
美味い飯と
あわよくば綺麗なトイレにもありつきたいと思った俺は
駅構内にあったチェーン店と思われる小奇麗な店へ。
結論として、綺麗などころかトイレ自体その店には無かったが
メニューには桂林米粉があった。


「桂林米粉」は唯一、この旅で「狙っていた」食事だ。
米粉」はつまり「ビーフン」、米の麺であるが
日本でよく見かけるタイやシンガポール式のそうめんのようなビーフンとは違う。
桂林米粉の切り口は丸く、うどんのように太いらしい。
しかも乾麺では無く生麺だ。
食べ方もスープを注いだ汁麺や炒め麺などがあるが
俺の狙いは「汁無し」。
「汁無し」は茹でた麺に甘辛い濃厚なタレをからめる。
具としてチャーシューやナッツ、刻んだ青唐辛子、青ネギなどをのっける。
食った後は豚ダシのスープでスープ割り。
こんな美味そうなものはそうは無い。


近くの人が食っているのを失礼にも指差し
カウンターで「汁無し」の注文に成功。


1分もしないうちに
期待していたとおりのルックスの
「桂林米粉」とスープ割り用のスープがお盆に乗せられた。
ついでに適当に頼んでみたもう一品も
お盆に乗せられる。
お盆に乗ったもう一品は蓋のついた茶碗。
まるで茶碗蒸しのようで
これはアタリかと一瞬思ったが
蓋を開けてみるとこれもまたスープ。
なにやら黒いものがやたら入っている。


スープが2品もついてきたのはやや誤算だったが
お盆を持ち上げて振り返ると
もうひとつ嬉しい誤算があった。


トッピング場だ!!


腰の高さほどの台に
壷やボウルがところ狭しと並んでいる。


こ、これはトッピング無料のはずだ!
無料に違いない!
いや、万が一有料でも言葉の分からない日本人を気取れば大丈夫そうだ!
むしろ金ならいくらでもあるわ!グヘヘ・・・。


これはトッピングをしろ!ということだろう。
せざるを得ない。
たーとーえー不本意でもトッピングをしなくては時計の針は進まないのだぁぁぁ!!


にわかに高沸するテンション。
早くも疲れていたのかもしれない。
当然のように台の上にお盆を置き
壷の中身にスプーンを伸ばす。


左から順々に、トッピングを桂林米粉にのせていく。


ネギ


刻み唐辛子


フライド唐辛子


唐辛子の酢漬け


唐辛子こんぶ


唐辛子キャベツ


・・・みな唐辛子やないかーーーーい!!?


・・・まぁ唐辛子はビタミンCも豊富やしね。
席に着き
謎のスープを一口すすったあと
桂林米粉を頬張る。


うどんほどのコシは無く
柔らかい口当たりと喉越し。
食欲をそそる甘辛いタレ。
タレの材料は唐辛子と八角と中国味噌と・・・なんだ?いろいろ入ってるぞ?
具も抜群だ。
チャーシューの美味さは言うまでも無し。
刻んだネギの青臭さと苦味
ナッツの香ばしさ
なにより刻んだ青唐辛子の爽やかな辛味が
箸の動きを更に加速させる。


麺を食べ終わった後の
もうひとつのお楽しみ、スープ割り。
いまだ熱々のスープを
銀色の器に注ぐ。
熱を帯びて
タレに含まれているであろう香しいスパイスの香りが
再びふわりと蘇る。


指先にほのかな熱を伝える
銀の皿を口元に近づけ
ふぅふぅと息を吹きかけたあと
〆のスープが満たされた銀の皿を傾ける。


ッ?!ガッ、ガホッゲホッ!!


数々の唐辛子ミックスで凄まじく刺激的な液体が喉をひっかき
俺は涙が出るほど咳き込んだ。


着いたばかりのこの街にいるのはあと数時間。
涙が止まらなかった。辛さで。



― 続 ―




桂林米粉
麺類最強説。
酔っ払ったあとの〆が最高なんだろうなぁ。



スープで割ります。
酔っ払ったあとの〆が最高なんだろうなぁ。