【5】火車


列車内にはカノンが流れていた。


広州を発つまで
あと10分。



広州2日目は
雨が降ったり止んだり
そんな空模様だった。


三度の雨上がりの隙間を縫って
陳氏書院跡を後にした俺は
地下鉄を乗り継ぎ一旦広州駅へ。
駅舎の屋根に掲げられた電工掲示板で
列車が遅れていないことを確認し
霧のような雨のなか
飯屋を求め彷徨う。


広州2食目は
ふらりと立ち寄った食堂での
叉焼飯と可口可楽だった。
叉焼飯は叉焼、所謂、チャーシューが添えられた白飯。
意外だったのがチャーシューは元は広東料理
周富徳でお馴染みのやつだ。
日本の、特にラーメン屋では蒸すことが多いが
そこはさすが本場のチャーシュー
ちゃんと釜だかオーブンだかで焼いてある。
まさに焼き豚だ。
この表面のカリッとした食感は「焼き」ならではだろう。
味付けも違う。
肉の脂でこってりとしながらもスパイスの香りが爽やかだ。
付け合せには茹でたキュウリ。
冬瓜のスープもついてきた。
あと、ほとんど海外でしかコーラを飲まない俺だが
中国で飲む可口可楽(コカコーラ)も実に爽快だった。
叉焼飯は10元(約150円)、可口可楽は4元。



腹を満たして広州駅に戻っても
まだまだ時間があった。
この駅では
駅舎に入るのにも行列に並ぶ。
係員に切符の提示も必要だ。
その後はセキュリティチェック。
例に漏れず俺も行列に並ぶ。


駅構内に入ったところで
残り2時間。
ジャパニーズ・イェンの強さを見せつけるために
10元払ってプレミアムな待合室へ。
そこは穴の空いたソファが延々と並ぶだけの部屋だったが
エアコンが効いているのはラッキーで
本を読みながら出発時間を待つ。


そして、出発時刻が迫り
21時、今、待ち焦がれた車内だ。


予約した車両のクラスは硬臥。
寝台には軟臥と硬臥があり
文字通りベッドの柔らかさが違うだけでなく
寝具や車両内の設備も違うらしい。
料金も倍ほど違う。
つまり今乗っている硬臥はいわゆる2等寝台だ。
しかし、車両内の構成はインドの2等寝台とは異なっていた。
インドの2等寝台は真ん中に通路が走り
脇に寝台が並ぶのだが
この列車は通路がホーム側の窓際を走り
その脇に寝台が進行方向とは直角に設置されている。
インドより寝台の数が少ないということになる。
その分ベッドの長さがインドより長いのかもしれない。
あるいは、線路の幅、列車の広さがインドより狭いのか。
いや、確かに気持ち列車の幅が狭い気もする。
ただそれ以外はインドより豪華。
寝台は3段のものが2列で1組。
一応その1組がカーテンで仕切られ貧相なコンパートメントとなっている。
布団、シーツ、枕まで付いている。
天井には扇風機など無いし
冷房がちゃんと効いている。
もちろんタダ乗り防止の鉄格子が窓に嵌められてもいない。
そして良い悪いは別にして
車内に流れるクラッシックのBGM。
豪華だ。
やたらバブリーなこの国でも
長距離列車に乗るということは
結構な一大イベントなのかもしれない。
そんななか、唯一不安を煽ったのが
3段ベッドの一番上の段が、インドのように天井から吊るされているタイプではなく
壁から「生えていた」こと。
高さ10センチほどの鞄の持ち手のような鉄の棒が
ベッドの半ば、ちょうど腰が当たるあたりに申し訳ない程度に付けてあるだけ。
落下防止のためなのだろうが
こんなもの寝返り一発で越えてしまう。
どうやっても天井から吊るされているチェーンが落下を遮ってくれるインドの2等寝台に比べて
中国のこの落下防止措置は心許ないことこのうえ無かった。
堕ちる者を救う神がいる国と
救わない国の違いか・・・。
そんな見当違いのことを考えたりもする。


ひとまず3段ベッドの一番上に陣取り
リュックをチェーンで固定したころ
車内のBGMが
ドナウに変わり
列車がゆっくりと走り始めた。


3段ベッドの他5人は
すべて中国人。
ちょこちょこ話を交わしているみたいだが
家族なのか、親戚なのか、はたまた赤の他人なのかは見分けがつかない。



まだ22時を過ぎたばかりだったが
とりあえず薄い布団を身体にかぶせる。
列車の揺れはインドよりひどい気がする。
線路の幅、軌道がインドより狭いせいだろうか。
よく揺れる。
それでも海外2日目で疲れていたのか
雨に打たれて弱っていたのか
すぐに眠りに落ちた。


・・・・・


「・・・ヘイッ!・・・ヘイッ!ナンニン!!」
・・・・・
誰かが声を上げながら俺の足を叩いている・・。
車輪が線路を刻む音が意識に戻ってくる。
3段ベッドの一番上、身体を起こし視線を足元のほうに向けると
茶髪でパーマの浅黒いおばちゃんがいた。


「グッモーニン・・・。」
まだ寝ぼけているが英語でおはようを言う。


「もうすぐナンニンに着くわよ。」


このチーママのようなおばちゃんは英語もしゃべることが出来る。
昨夜もこのおばちゃんが通訳をしてくれたおかげで
俺は同席の他の4人と簡単なコミュニケーションをとることが出来た。


「もうナンニンに着くの?」


そういえば車内に朝の光が舞い込んできている。


「あと30分くらいよ。準備して。」


あと30分で南寧に着くらしい。
天井に頭が当たるなか
うまく身体を折り畳みながら
荷物をリュックに仕舞い
階下に下りる。


カーテンは開け放たれていた。
窓の外に広大な自然が流れている。
木々の緑。
水田の青。
水辺に群がる茶色い塊。
茶色い塊・・・?
・・・牛だ!!野良牛だ!!


3日目にしてついに牛を発見!!
なかなか牛がいないので
いまひとつ海外に来ている気がしなかった。
牛がいないなんて・・・ここは本当に海外か?!
そう思っていた。


これで旅に欠けていたピースが埋まった気がする。


訂正だ。
旅は2日目から始まるのではない。
あのチェンナイの朝もそうだった。


旅は、牛を見たときから始まるのだ。



― 続 ―




行列の出来る人気駅。



叉焼飯。
激ウマの庶民の味だ。
ここでも豆板醤は使い放題。



プレミアム?な待合室。



やはり旅といえば寝台列車だ。
この列車は広西チワン族自治区へ向かう。
ちなみに「列車」は中国語で「火車」。