第27章 列車王 ― in Hyderabad 5 ―


「・・・やっぱりやばくない?」


宿に戻った我々の話題は
もっぱら列車のチケットについて。


ウェイティングリスト
残り10。
出発は明日の朝。
明日、予約オフィスが動き出してから
出発までのわずか2時間ほどの間
その間にあと10人
キャンセル者が出る必要がある。


「乗れなかったらどうする?」


乗れなかったら・・・
当然日程が後倒しになる。
聖地プリーでホーリーを迎える計画も流れるだろう。
いや、3日キャンセル待ちして乗れないのだ。
次いつ列車に乗れるかも分からない。
最悪、帰国のため
他の行きたい町を
ブバネーシュワルを、プリーを、カルカッタを、
そして4年ぶりのヴァラナシを
すべてスルーして
ハイデラバードから直接デリーに行かなければならないかもしれない。



動こう・・・。
進まなければ。
東へ。


我々は再び駅へと向かう。
右手には
4度目のインドで初めて購入した時刻表「TRAINS AT A GLANCE」を携えて。



ハイデラバードの駅には
列車の予約状況が確認できるATMのような機械があった。
我々の手の内にあるのは
明日出発のブバネーシュワル行きチケット。
試しにその列車番号をキーボードで打ち込んでみる。


白と黒だけで構成された画面に表示されたのは
やはりWLの8、9、10。


当然だが状況は変わらず、ウェイティングリストの8、9、10番目。
未だに最低10人のキャンセル待ちを望むしかない。


厳しい・・・。


・・・ちなみに明後日出発だとどうだろう?
時刻表で明後日発ブバネーシュワル行きの列車を調べ
列車番号を打ち込む。


表示はWL100番台。
つまり100人待ち。
今我々が持っているチケットより現実的ではない。


「・・・やばくね?」


「明日逃したら1週間ぐらい乗れないんじゃない?」


どうにもこの時期インドの列車は混み合っているようだ。


「ヘイッ!チェンジ!!」


突如、予約確認マシーンにインド人が割り込んでくる。
手にはチケットの束。
おそらく旅行代理店の輩だろう。
こういうやつが無駄にチケットを予約しまくるから
我々のような旅行者が毎日キャンセル待ちの進捗具合に怯えるはめになるのだ。
・・・まぁいい。
とりあえず一度マシーンを譲る。


その間に時刻表を確認。
このまま運頼みでキャンセルだけに期待していては駄目だ。
代替案が必要だ・・・。
基本ガイドブックには
一番便利な
一番メジャーな列車の便しか載っていない。
しかし、俺には今、この時刻表「TRAINS AT A GLANCE」がある。
文字通り、インド中の路線が手に取るように分かる。


ブバネに行くには・・・
この路線とこの路線か・・・。
ヴィジャヤワーダ?!
・・・ガイドブックにも載っていない町だが
まぁ時刻表に載ってるならそこそこでかい町だろう。
このルートも・・・調べてみる価値はある。


「もうオーケーだろ?!俺のターンだ。」


代理店の輩の肩に手をかけ
半ば強引にマシーンを奪い返す。


インドで、こういうときは遠慮した方が負けだ。
そっちがその気なら俺だって買い占めてやる。
すこぶる無駄に溢れ出す俺のアドレナリン。
トラベラーズ・ハイというやつだろうか。


明日出発の
ハイデラバード発ヴィジャヤワーダ着列車の列車番号を入力。
ハイデラからブバネまで直行で行けないなら
乗り換え便を選ぶまでだ。


画面が切り替わる。


WLは・・・無し!
イケる!!


続いてその翌日ヴィジャヤワーダ発ブバネーシュワル行き列車の
列車番号を入力。


こっちは・・・
WLの1!!
イケる!!
ひとりなら明後日までには繰り上がるだろう。


ノッて来た。


この旅行中
随一の一体感を見せる日本人3人。
俺が列車状況を確認
U君が予約シートに記入
ナベタクが窓口に並び
チケットをゲット!
超強力コンボだ!
次々と列車チケットが取れる!


・・・よし!
ここだ!
今がターニングポイントだ!
・・・こうなったら残り日程全部押さえてやる!
ともかくこの列車の混み具合だと
早めに他の日程のチケットも押さえておいたほうが良い。


時刻表に載っている路線を
手当たり次第入力。


お、これはイケル。
こっちは・・・
きついな。
別の便なら・・・。
お、このルートもありか?!


「ヘイジャパニ!チェンジ!!」


また旅行代理店か。


「オーケー。ノープロブレム。」


インドでの万能英語「ノープロブレム」を使い
ひとまず代理店野郎とチェンジ。



その後もマシーンの前に群がる旅行代理店の輩と慌しく場所を入れ替わり
列車の状況を確認する。
数ある路線の中から
我々にベストな路線を選択。
状況を調べ
いけそうならU君とナベタクに連携。


腕を引っ張られる。


「このチケットはどうかねぇ?」


おばぁちゃんだ。


おばぁちゃんのチケット情報を打ち込んでみる。


「あー・・・ばぁちゃん残念。
 このチケットまだウェイティングだわ。」


「そーかい。じゃーまた明日来てみるかねぇ。」


「おい、ジャパニ!俺のチケットはどうだ?!」


隣のおっさん。


「あー、おっちゃん・・・残り300人待ちだよ!
 ちょっとキツイんじゃない?!」


「ジャパニ!俺のは?」


その後のおっさん。


「あ、おっちゃんのはいけるよ!
 グッドジャーニー!」


「おい、グンドゥールからハイデラバードまでの列車番号を調べてくれ!」


また別のおっさん。


グンドゥール?!
初めて聞く町の名前だ。
時刻表で調べてみる。
・・・お、これか。
マシーンに入力。


「あ、7255だね。」


「サンキュー!助かったぜ!ジャパニ!!」


もはやこの駅で
俺より列車に詳しいやつはいない。
予約マシーンを制するものは
列車を制す!


時間にして約30分。
様々なインド人達に取り囲まれながら
何かに取り付かれたように
マシーンを操作。


我々は
ハイデラ⇒ヴィジャヤワーダ
ヴィジャヤ⇒ブバネのWL1
ブバネ⇔プリー
ブバネ⇒ハウラー
ハウラー⇒ヴァラナシのWL10、11、12
ヴァラナシ⇒ニューデリー
のチケットを立て続けに予約。




外に出ると
陽はとうに沈み
街灯でライトアップされたほのかな闇が広がっていた。


縁側が恋しくなる
残暑の如き夜。


ひと仕事終えたあとは
もちろんビールが飲みたくなった。










つづく