第26章 ハイデラ散策 ― in Hyderabad 4 ―


遅めの朝だった。
暑い。


インドに来てからというもの
列車の中でしか目覚まし時計を使っていない。
自然と目が覚めるまで眠り
早く起きた者は
他の2人が目覚めるまで
本を読んだりタバコを吸ったり
時には散歩をしたりして過ごす。


それでも普段は8時くらいまでには目を覚ますが
昨夜はなかなか寝付けなかったせいで
いつもより遅い朝だった。



しばらくして
みんな目覚めたところで
宿の中をうろうろしている
従業員だかチャイ売りだか良くわからない爺さんに声をかけ
チャイとBINGOというスナック菓子で朝食。


テレビでプロレスを見て
ごろごろして
「深い河」を読んで
ごろごろして
地球の歩き方」を読んで
今日の予定を創り出す。


久しぶりに観光でもしようか・・・。
ゴールコンダ・フォート・・・。
周囲3キロにも及ぶ城壁を持った城跡・・・。


・・・まぁその前に昼飯だな。


宿を出る。


外はさらに暑い。
日差しは鋭く
少し歩くとすぐに汗が吹き出てきた。


あまり遠くまで行きたくねぇな・・・。


大通りに出て繁華街のようなところに差し掛かると
NEW OPEN!!と書かれた垂れ幕をぶら下げている
こじゃれたレストランがあった。
垂れ幕にはランチビュッフェ、ベジ79ルピー、ノンベジ99ルピーと書いてある。
店構えの割には安い。
しかもビュッフェ!
ミールスやターリー(ともに定食を意味する)ではなく
ビュッフェ!!


「ここにしない?」


地元民でごった返す安食堂も良いが
たまにはエアコンの効いたおしゃれなレストランも良い。


我々はそのこじゃれたレストランに入ってみることにした。


入り口に立っていたインド人が
ガラスのドアを重々しく開ける。
ドアマンだ!
ドアマンがいるのは
インドでは中級以上のレストランか
マックぐらいだ。


ドアの向こうには
外と気温差が20度はあるんじゃないかと思うほど涼しい空間が広がっていた。
濃い木の色で統一された店内に
整然とテーブルやソファが配置され
黒いベストを着たウェイターがバランス良く散らばっていた。


その中でリーダーと思しき
年配のウェイターが駆け寄ってくる。


「ソーリー、サー。10ミニッツプリーズ!!」


店内に入った途端
我々は「サー」、ナイトの称号を与えられる。
それにしてもあと10分待つのか?
店の前の看板には11時オープンと書いてあった。
今、11時45分。
この時間感覚はインドらしい。


タバコをふかしながら
席で待つ。
ビュッフェゾーンには
慌しくウェイターが鍋や皿を運んでいる。


10分後、先程のウェイターが笑顔でやってきた。


「オーケー、サー!!」


早速ビュッフェゾーンに行き
大皿に各々様々な料理を乗せていく。


ナスのカレー、コリアンダー・ギー・ライス、たまねぎのピクルス、
トマトのカレー、コーフター(肉団子)、ポリヤル(炒め野菜ミックス)
どれも美味い。
驚いたのはダヒー(インド式ヨーグルト)の美味さ。
こってりとした旨味なのだ。
バターや生クリームの旨味に似ている。
しかし、そこはそれでもヨーグルト。爽やかな酸味がしつこさを残さない。



テレビカメラも取材に来ていた注目店でランチを済ませた後は
久しぶりの観光。


リクシャーでゴールコンダ・フォートに向かう。


市街地から20分ほど離れたゴールコンダ・フォートは
我々を充分に満足させた。
理想的なスケールを誇る巨大な城跡。
入り口のガイドもしつこくなく
「ノー!」と一言発せばすぐにあきらめる。
「ノー!」
「ノープロブレム!」
「ノー!」
「ノープロブレム!」を繰り返す、観光名所での非生産的なガイドとのやりとりは
ここには存在しない。
ガイドを断れば(歴史的な背景への知識や興味があれば、もしくは語学力があれば、ガイドを雇っても構わないのだが)
後は自分達の足で
そのジオラマのような広大な敷地を自由に歩きまわれる。
エローラに似ている。
探検だ。
冒険だ。
高台にそびえる巨大な城塞。
風に削られた石の壁。
石畳の合間に広がる緑の色、土の色。
兵どもが夢の跡。
映画やゲームに出てくるような非日常的な空間を
自身ののアンテナが赴くまま自由に歩き回る。
エローラがFFだとすると
ゴールコンダ・フォートはドラクエのような雰囲気を持っていた。


石段を登る。
リスを見つける。
コウモリがひらめく暗い城内をさまよう。
石の隙間から神々しい光が差し込む。
光が差すほうへ抜け出す。
空気が広がる。
汗が吹き出る。
また登る。
視界に入る町並みがどんどん小さくなる。
空が広くなる。
思う存分探検を繰り返し
城の頂上部分まで辿り着くと
心地よいデカン高原の風が我々を出迎えてくれた。
360度広がる地平線。


ちょうど限界まで汗を流したころ
ちょうど良く売店があった。
うまく出来てやがる・・・。
ビンの蓋は錆付いていたが
この上なく美味い
冷えたMAAZA(マンゴージュース)が喉を潤した。


今日は観光祭りじゃぁ!!


ゴールコンダ・フォートを後にした我々は
600メートル先にあった
「王達の廟」にも行ってみることにした。


「Tomb(廟)!Tomb!!」


ゴールコンダ・フォート前でたむろしていた
リクシャーワーラーに行き先を告げる。
Tombなんて単語を人に伝えるのは初めてだ。


「王達の廟」
日本武道館にも負けない大きなたまねぎを乗せた石造りの廟
つまり、王達の墓が様々な様相を示しながら立ち並ぶ。


ここも観光客がいない。
むしろそのことが心地よくもあった。
地元民の
憩いの場という雰囲気なのだ。
地元のガイドでも物売りでもない青年や少年達と
たわいも無い写真を撮る。




「いやぁー観光したねぇ。」


「でも、いかにも観光っぽくなくて良かったよね。」


「広島の平和記念公園に散歩に行く感じかねぇ。
 観光地でもあるし地元民が集まる場所でもあるし。」


宿に戻ってきた我々。


「いやぁーハイデラバードまじ最高!!」


「俗っぽさ」がちょうど良いのだ。
宗教の違いだろうか。
至るところに見所が転がっているのに
その全てが
ある程度、現代に、日常に組み込まれている。
肩肘張らずに
街を楽しめる。
ヴァラナシを始めとする
所謂ヒンドゥー教の聖地とはまた違った心地良さがあった。



明日にはそんなハイデラバードを発つ。
チケットは既にとってある。
ただし、チケットはウェイティングリスト。
キャンセルする客がいないと
我々は列車に乗れない。


繰り上がり状況を確認するため
駅へ向かう。
このキャンセル状況を確認する作業は
今回の旅の習慣になりつつある。


ウェイティングリストの残待ち数は
我々3人で8、9、10番目だった。
依然としてキャンセル待ちの状況だ。
昨日から10人も繰り上がっていない。
おとついから昨日までは50人以上繰り上がったが
昨日から今日にかけては
繰り上がる速度は思いのほか鈍っている。
しかも、18時を過ぎているので
今日はもう繰り上がることは無い。
出発は明日朝10時。
明日の朝一に10人も繰り上がるだろうか・・・。


チケットをポケットにしまい
不安を抱えながら
我々は駅を後にする。










つづく