第25章 ビリヤーニー ― in Hyderabad 3 ―


チャール・ミーナール前のバザールは
ムスリムの熱気に満ち溢れていた。


チャール・ミーナールを中心に
人やリクシャーが渦を巻き
さらにその周りを数々の露店が取り囲む。


店先に吊るされたヤギ肉を始め
ぶどう、スイカ、バナナ、イチジク、
ネックレス、時計、靴、
おもちゃ、腕輪、服、洗濯機、チャイ屋、
ごった返しだ。


傍にはメッカ・マスジットがあった。
約1万人の信者を収容できる巨大モスク。
日に5回
1万人ものイスラム教徒が
コーランの響きに合わせて
祈りを捧げる姿は
想像するだけで鳥肌が立った。


それにしてもホテル・シャダブはどこだ?
「チャール・ミーナール前の広場から歩いてすぐ」だって?
こんなにごった返していては
どこがどこだかさっぱり判らない。


近くのインド人に声を掛ける。


「シャダブ!!
 ビリヤーニーか?!
 ここの通りをまっすぐ行って
 左に曲がるとマディナ・ビルディングというのがある。
 その向かいだ!」


言われたとおり
「ここの通りをまっすぐ」言ってみるが
一向に左に曲がる道が出てこない。
心配になって別のインド人に訊いてみる。


「シャダブ!!?
 ここの通りをまっすぐ行って
 左に曲がるとマディナ・ビルディングというのがある。
 その向かいだ!」


まだまっすぐ行くらしい。


さらにまっすぐ歩くと
左に曲がる道があり
その先には確かに「BUILD」の部分の電飾が消えた
MADINA・×××××INGがあった。
その向かいにホテル・シャダブ。


凄まじく交通量の多い道路を
文字通り命がけで渡る。


店の入り口に辿り着くなり
店員が目ざとく声をかけてきた。


ホテル・シャダブは
お世辞にも綺麗やオシャレ、高級感という言葉は似合わない店であった。
しかし、店内はほぼ満員。
客は皆インド人だ。


外国人だからだろうか
我々は2階に通される。
安食堂感丸出しの現地人の熱気で蒸し返す1階と異なり
2階はエアコンが効いていた。
1階と違い客層も金持ちの家族連れ風だったし
イスやテーブルも
日本ならクレームが付きそうだが
それでも綺麗なほうだった。


英語のメニューを渡される。
恐らく2階はテーブルチャージ的なものが
少し上乗せされているのだろう。


宿のフロントに紹介してもらった
ハイデラバードで1番美味いビリヤーニーを出す店。
メニューの一番上にあった
シャダブ・スペシャルを注文する。



しばらくすると
シャダブ・スペシャルが運ばれてきた。


銀色の器に盛られたマトンビリヤーニー。
芳しい香りが鼻腔をくすぐる。
店員が石焼ビビンパのように
器の中身をかき混ぜる。


ほくほくとした湯気を放つライスの奥から
スパイスで赤く染まった肉が顔を出した。


インドではマトンは羊肉とヤギ肉両方を指す。
ハイデラバードのような暑い高地では
羊は住みにくいらしい。
おそらくこのマトンは羊肉ではなくヤギ肉だろう。


混ぜ終わった店員は
ビリヤーニーを各自の皿に取り分ける。
・・・この作業でサービスチャージが発生するのだろうか。


一口食べて驚いた。
ヤギでも羊でも独特の臭みがあるものだが
このビリヤーニーにそういった臭みは一切無かった。
臭みでは無い。
香りなのだ。マトンの香り。
そして香りの後に広がるマトン特有の濃い旨味と肉汁。
さらにその肉々しい美味みがこれまた香り高い、「香りの女王」こと、バスマティ・ライスと良く絡む。
やはりビリヤーニーの命は香りだ。
マトンの香り
米の香り
スパイスの香り。
香りのオーケストラやーーー。
「彼」ならそう言うだろう。
絶品。
ムガル帝国の侵略がもたらした究極の米料理。
付け合せの黒ゴマのチャツネと
青唐辛子の入ったライタ(ヨーグルトサラダ)が
また味にアクセントとヴァリエーションを加える。
夢中で食べ進め
半分ぐらい食べ終わったところで
思い出したように写真を撮る。
「なんでインドに何回も行くの?」
と良く聞かれるが
今後は、「ハイデラバーディー・ビリヤーニーを食うため」
と、答えよう。



ムスリムの街は素敵だ。
ヒンドゥーの街には無い熱気と、興味深い混沌がある。
インドであって
他のインドとは違う。
バザール然り
建造物然り
ビリヤーニー然り
そして、人、然り。
日本からインドに来て
改めて意識したのは宗教の存在だが
その宗教を、歴史を、侵略を、土着を、融合を、
マイノリティを、文化を、
ここハイデラバードでより深く感じ取れたような気がする。



その夜は
バザールの熱気にほだされ
なかなか寝付くことが出来なかった。










つづく