第24章 ヒゲとカオスが手招きしてる ― in Hyderabad 2 ―


カオスだ。
ハイデラバードの道路は
まさにカオスだ。


シャダブに向かうため
宿の前の小路でリクシャーを捕まえたのが2分前。
運転手は口から顎につながる見事なラウンドヒゲを生やした
30代ぐらいのインド人。
しかめっ面。
開襟シャツから顔を出す胸毛。
太い二の腕。
10年前まで喧嘩最強だったに違いない。


ラウンドヒゲがけたたましくエンジンをかける。
勢い良く走り出したのも束の間
小路から大通りに飛び出した途端
我々は大渋滞に巻き込まれた。


交通事情のクレイジーさは
デリーやチェンナイの比ではない。


立ち込めるガソリンの香り
途切れることの無いクラクション。
四方八方をリクシャーや自動車に囲まれている。
車間距離5センチ。
というかたまに前の車にぶつかる。
すれちがうときこする。


誰もが自分の存在を証明するため
ラクションを鳴らす。
横幅1メートル半ほどしかないリクシャーでも
すり抜けられるスペースなど一瞬しか出来ないのに
誰もがその一瞬を狙い
ラクションを鳴らしその隙間へ突っ込む。
少しでもほんのわずかでも他の車より前へ。
ラウンドヒゲもかなり血の気が多いようで
少しでも隙間があれば迷い無く突っ込み
わずかでも他の車より前に行こうとしていた。


しかし、悲しいかな
ラウンドヒゲのリクシャーのクラクションは
ブザーではなく空気式ラッパ。
あのパフパフ鳴るやつだ。
ラウンドヒゲが鼻息も荒くパフパフパフパフ鳴らしているが
あっという間に他のクラクションの音にかき消されてしまっている。
生身の喧嘩は強そうだが
リクシャー性能は極めて弱い。


それでも前に行きたかったのだろう。
ラウンドヒゲはおもむろに運転席から手を伸ばし
斜め前の別のリクシャーをガンガン叩き出した。


斜め前のリクシャーから
イスラム帽をかぶったヤギヒゲの男が顔を出し
なにごとかと振り向く。
その刹那、わずかながら隙間が生じる。
ラウンドヒゲはそれを見逃さない。
「パフパフパフパフ!!」
リクシャーをねじ込み一気に追い越す。
しかし、追い越される側も黙っちゃいない。
すれ違いざま、ラウンドヒゲに向かって叫ぶヤギヒゲ。
何を言っているかはもちろん解らないが
怒っていることは解る。
ラウンドヒゲも顔を横に向け
大声でなにか言い返す。
こちらも怒っている。


そのまま追い越して
ラウンドヒゲが前を向き直った瞬間
また前方が詰まる。
ヤギヒゲが追いついてくる。
そしてまた、運転しながら口論が始まる。
・・・いや、前を向いて運転してくれ。
両方とも客が乗ってんだし・・・。




「着いたぞ!チャール・ミーナールだ!!」


リクシャーが止まり
ラウンドヒゲが振り返る。
数々のデッドヒートを繰り返し
我々はチャール・ミーナール前広場に到着した。


「早く降りてくれ!後ろがつかえている!」


追い出されるようにリクシャーを降りる。


ラクションが至近距離で耳をつんざく。
ヘッドライトの光に一瞬目がくらみ
別のリクシャーが目の前を通り過ぎる。


リクシャーが前から後から
絶え間なく通り過ぎる。
その隙間をイスラム帽をかぶった男や
黒いチャドルで顔まで隠した女が埋め尽くしている。


巨大な渦。
光の渦
音の渦
人々の渦だ。


砂埃舞う夜のバザール。


渦の中心には
ライトアップされた4つの尖塔、チャール・ミーナール。
秩序だった線対称の美しいその尖塔は
自身の周囲に混沌の渦を巻き起こしていた。










つづく