第28章 数え切れぬ夜を越えて 僕らは強く 美しく ― in Hyderabad 6 ―


高地にあるおかげで
湿気はそれほどでもないハイデラバード。
それでも歩いていると
Tシャツには汗が滲むし
この街の喧騒は
祭りの夜に似ている。
つまりは絶好のビール日和。


チケットを予約しまくるという
大仕事を終えた我々は
BARを探すことにした。


安宿の屋上レストランで調子に乗ってビールを頼もうものなら
30分くらい待たされ
汗だくになった従業員が
新聞紙に包まれた怪しいビールを懐に入れて持ってくるのが、ここインド。
ビールを飲むならやはりBARが良い。
しかしながら、懸念点がひとつ。
ここはムスリムの街だということ。
イスラム教は確か飲酒を禁じている。
果たして美味いビールに在りつくことはできるのだろうか。



そんな心配をよそに
意外にもBARは簡単に見つかった。


宿から5分ほど離れたところにある
小奇麗なホテル。
その一角に
おあつらえ向きに『BAR』の看板が出ていたのだ。
さすがに旅行者用にある程度の準備はされているらしい。


吸い寄せられるように
そのBARのドアを開ける。


しかし、エアコンの効いた店内にいたのは
外国人旅行者ではなく全てインド人。
店内は例に漏れず暗いが
少し華やかな印象を受ける。
ざわめきのせいだ。
インドのBARでは
皆、後ろめたそうに顔を伏せて静かに酒を飲んでいることが多いが
このBARにいるインド人達は
時に笑い声も交えながら陽気に酒を飲んでいた。


久しぶりに人がたくさんいる飲み屋に来た気がする。
空いている席に座り
ビールを注文。
銘柄は「ロイヤルチャレンジ」。
インドでも見たことが無い銘柄に
文字通りチャレンジしてみる。
つまみはシークケバブとベジビリヤーニー。


ふとインド人達は何を飲んでいるのかが気になった。
周りを見回してみる。
各々のテーブルには
ウィスキーの瓶とソーダの瓶。
そしてテーブルの中央に白い小皿。
どうやら小皿に入ったナッツをつまみながら
ウィスキーソーダでだらだらやるのがインド流らしい。


ロイヤルチャレンジの中瓶を1本空けた後
俺もインドウィスキー「マクダウェル」を注文してみる。
日本で一度だけ飲んだことがある
芳醇な香りのインドナンバーワンウィスキー。
日本でもバーでウィスキーなんてまずやらないのに
それをインドでやっていることがこの上なく贅沢なことに感じられた。


ビールとウィスキーで
楽しくやっていると
カランカランと音を立て
入り口のドアが開いた。


入ってきたのは
小太りだが背の高い中年男。


・・・!!
マッカーサーだ!!


男は軍服を着ている。
もちろん丸っこいあのサングラスをかけている。
マッカーサーに違いない!


マッカーサーはちょうど我々の向かいの席に座った。



「おい、マッカーサーがいるぞ・・・!」


小声でU君とナベタクに極秘情報をリーク。


「えっ?マッカーサー?」


「後の席・・・。
 自然に・・・自然に振り向いてみ・・・?」


不自然に身体をよじって
交互に背後を確認するU君とナベタク。


「ほんとだ!!マッカーサーだ!」


「なぜGHQ最高司令官がこんなとこに!?」



木のイスに深々と座るマッカーサー


店員を大声で呼びつけ
偉そうに注文するマッカーサー


ウィスキーはロックで飲むマッカーサー


出てきたつまみに文句をつけるマッカーサー



マッカーサー南インドの思い出を肴に
小一時間ほど晩酌を楽しんだあと
我々は店を出た。


エアコンの効いた店内から出ると
もわっとした風が肌を包んだ。
今夜も寝苦しくなりそうだ。
街の灯りも弱まり
いよいよ夜も深くなっている。
酔っているせいか
空気の加減か
街灯の光が少し揺れて見えた。


「ヘェイ!ウェェイト!ウェェイイト!」


ひどく滑舌の悪い英語で背後から呼び止められる。


振り返ると
軍服にサングラスの男。
先程のマッカーサーだ。


マッカーサーはふらふらと近づいてくる。


「おまぁえら、チャイニーズか?!ウィィィ・・・」


泥酔じゃねぇか。


「いや、ジャパニーズだ。」


「ほーーーぅ、ジャパニーズ!ジャパニ!!はっはっは・・・。」


首から上が座らずふらふらしている。


「ジャパニィ。ホワーーーイ、ユーーー、ラフ?!」


「はっ?」


「なんだジャパニィは英語もわからんのか?
 ゆっくり言うぞ。なーぜー笑ってーたーんだー?」


やべ・・・ばれてたのか?


「えっ?なに?俺ら日本の話で盛り上がってただけだぜ?」


「おまぁえは嘘つきだぁ。おまえらオレを見て笑ってただろぉ?!」


おっしゃるとおり!


「いやいや、そんなことないよ。お酒飲むとハッピーでしょ?
 だから笑ってたの。」


「はははっハッピーか。オレも今ハッピーだぁ。
 でもお前は嘘つきだぁ。
 おまえらはぁーオレをー笑ってただろぉ?!」


うーーーん、まずい。


「オレのどこがおかしぃいんだぁぁ?!」


確かに笑ってしまったのは申し訳ないが
まさか「あんたの顔がマッカーサーに似てるから」とも言えない。
相手は酔っ払い。
しかも、軍人。
今は気分が良さそうだがいつ激高するかもわからない。
デリーでマリファナで気分上々のやつらに囲まれたときの記憶がよみがえる。


「ストップ!ストップ!!」


そのとき
白いワイシャツのインド人が駆け寄ってきた。
マッカーサーの大声を聞きつけた店の従業員か
それとも遠くから様子を伺っていたホテルのドアマンか。
どちらにしろ今の我々にとってはヒーローだ。


「ちょっとちょっと、ミスター落ち着いて。
 相手は外国人なんだし・・・。
 おい、お前らもさっさと帰れ。」


マッカーサーを両手でやんわり制し
我々を逃がそうとする白いワイシャツ。


「あ、あぁ、オーケー!」


「サンキュー!!」


「ソーリー!!」


「グッナイッ!!」


白シャツへの感謝と
マッカーサーへの謝罪と
そのふたりへのおやすみを告げ
我々は場を去る。



早足で宿へ向かう日本人3人。
酔いはすっかり醒めてしまった。









つづく