第21章 機械仕掛けの豆の町 ― in Bangalore 1 ―


リクシャーの後部座席。
隣にはナベタク。
列車の出発まであと3時間ぐらいだろうか。


夕暮れのバンガロール



――― バンガロールに到着したのは
朝8時だった。


駅に降り立ったその足で
そのまま鉄道予約オフィスに行き
ハイデラバード行きの列車チケットを予約。
出発は今夜。
バンガロールには1泊もしないことが決定した。


そこからはひたすら時間つぶし。


空いているカフェがあれば
ふらっと入って
カプチーノを頼む。
本屋があれば
日本語の本を立ち読み。
ナベタクは三島由紀夫の「金閣寺」を買っていた。
おそらくこの旅行中に読みはしないだろう。
朝食はチョコレートケーキとミルクティー
ほとんどの菓子類が信じられないくらい甘ったるいインドで
バンガロールのケーキは
意外にも甘さ控えめ。
ケーキを食った後は
デパートの一角にあったトーマスクックで両替。
なんと電動の札数え機がある。
自慢げに札数え機に札を挟み
にやっとしてボタンを押すインド人。
なにもかもハイテクなのだ、ここバンガロールは。


昼飯は1年前にも立ち寄ったお洒落なカフェ
SOELへ。
エアコンの効いた店内で水タバコを吹かす
ポロシャツにジーンズ姿のインド人学生達を尻目に
茶坊主」の「今の働きぶり」を確認する。
1年前、イジメじゃないかと思うほど
男性店員にも女性店員にも小突き回されていたチベット系の店員、「茶坊主」は
わずか1年の間に
フロアを仕切るほど逞しくなっていた。


昼飯を食ったあと
疲労からか発熱。


ドヴォルザークの曲でも聞こえてきそうな
静かで涼しい並木道のベンチに腰掛け
そのまま仮眠。


30分ほど眠るとウソのように体調が良くなったので
8年ぶりに州立博物館へ。
館内をひととおり回って
外に出ようとすると
チケット売り場にいた白い髭の職員に呼び止められる。
「イエスタディ!イエスタディ!」
え?なに?
「ジャパニ!昨日もここへ来なかったか?!」
どうやら俺に似ているやつが
このバンガロールにいるらしい。



博物館を出た我々は
道路が混む前に駅に戻ろうと
再びリクシャーを捕まえた。


「駅に行ってくれ!」


そう言った。


が、みやげ物屋に着いた。


ありがちなパターンだ。


「頼む!ジャパニ!5分でいい!
 5分だけそのみやげ物屋に入ってくれ!!」


懇願するリクシャーワーラーのオヤジ。


インドでリクシャーやタクシーに乗ると
目的地には行かず
みやげ物屋や旅行代理店に連れて行かれることが良くある。
連れて行くとドライバーはコミッションを貰えるからだ。
普段なら
「駅に行かないなら金は払わない!ここで降りる!」
と突っぱねるが
なにしろ列車出発まで、暇。
時間つぶしも兼ね
俺はひとりみやげ物屋に突っ込んだ。


インド人店員に囲まれ
やたら高いシルクの織物や紅茶のティーバッグを山積みにされる。
「グッド!(良いね!)」と「バット・・・(でも・・・)」を繰り返し
きっかり5分で店を出る。


リクシャーに戻るとちょうど同じタイミングで
リクシャーワーラーのオヤジも走って戻ってきた。
満面の笑み。
「やったぞ!ジャパニ!
 おまえらのおかげでガソリンチケットを貰った!」



―――そして今が2店舗目のみやげ物屋。
今度はU君がひとりみやげ物屋に突っ込んでいるのだ。



5分後U君が帰ってきた。
別の戸口から
リクシャーワーラーのオヤジも戻ってきた。
先程とは打って変わって
残念そうな顔だ。
「駄目だ・・・。この店は2人入らないとコミッションが貰えないらしい。
 最近どこも厳しくなった・・・。」
どうやら冷やかしであることがバレバレで
コミッションが貰えなかったようだ。


「まぁいい。次だ!」


「ノー。」


懲りずに3店舗目にも連れて行こうとしていたオヤジだが
これは、拒否。
みやげ物屋での客のフリ、買うフリは意外と疲れる。
良心の呵責とまでは言わないが
さすがに気まずい。
客は下手したら自分ひとり。
全店員に囲まれ
欲しくもない商品をこれでもかと積まれ
何を言っても切り返される。
新聞の勧誘を断るときに似ている。
それに入り口のガードマンも
入る時はドアを開けてくれるが
出るときはドアに手をかけようともしない。
それどころかドアの前に立ちはだかったりすらする。



オヤジには素直に駅に向かってもらう。


オヤジは口では残念だと言っていたが
1店舗目ではガソリンチケットを貰ったし
まぁ最低限のノルマは果たしたか
そんな複雑な表情をしていた。



寄り道をしながらも
バンガロール・シティの駅に戻ってきた。
まだまだ出発まで時間がある。
我々は駅の傍の路地に座り込み
今しばらく時間を潰すことにした。


タバコを吹かしていると
中学生くらいの見るから悪ガキどもが寄ってきた。


いきなりケータイで写真を撮られる。


撮った後は爆笑しながら
「サモーサー!!」
柳沢慎吾のパトカーネタのように手首をくるくる回し
そのまま走って去っていく。


サモーサー?
なんの挨拶だ?!
サモサは・・・
ジャガイモをスパイスで味付けして
餃子のように皮で包んで揚げたスナック・・・。


続いて赤い服を着た5歳くらいの男の子がトコトコとやってきて
「サモーサー!」


「サ、サモーサー!」


とりあえず挨拶を返してみる。


赤いトラックが目の前を通り過ぎる。
荷台には先程の悪ガキども。
「サモーサー!!」


「おう!サモーサー!!」


赤い服の男の子は少し離れた場所から
我々を観察している。


再びエンジン音。
先程のトラックが折り返してきた。
荷台の悪ガキどもは、当然
「サモーサー!!」


「サモーサー!!」


赤い服の男の子は
母親が迎えに来たので
「サモーサー!」
と、手を振って去っていった。



・・・流行ってるのか?










つづく