第19章 散歩、神様、シャア専用 ― in Trivandrum 2 ―


『パドマナーバスワーミ寺院まで1km』
看板にはそう書いてある。



「有名な寺院なんかな?」


「たぶんそうじゃないすか?」


「歩き方に載ってた気もする。」


「パドマナーバスワーミか。まずここをまっすぐ行って右だ。」


?!


気がつくと
隣に太ったおっさんが立っていた。


「そしてまたまっすぐ行って信号があったら左だ。」


しかも既に道案内を始めている。


「そしてまっすぐだ。とにかくまっすぐだ。」


そこまで言うとおっさんは
ひとり納得したように
しっかりと頷いた。


「サ、サンキュー!」


とりあえずお礼を言って
言われたとおり
「まっすぐ」歩き出す。


1キロか。
遠いからサイクルリキシャーでも拾って行こうかと思ったが
せっかく道を教えてもらったので歩こうかね。
晩飯前の夕涼みにはちょうどいいかもしれない。
それにしても南インドは親切な人ばかりだ。



しばらく歩くと
信号があったので左に曲がってみる。


信号があるだけあって
結構な大通りだ。
砂こそ被っているものの
道路はアスファルト
片側3車線「分」はあるだろうか。
実際、車線は引かれていないため
その広い道路に
バス、車、リクシャー、自転車、
そして水牛車が入り乱れ
混沌としている。
脇には雑貨屋、ケーキ屋、写真屋、酒屋といった商店が並び
行き交う人々の多さと
微妙におしゃれな街灯からも
トリヴァンドラムがいわゆる都会であることが伺える。
牛もいない。



さらに「とにかくまっすぐ」進むと
大きな交差点にぶつかった。


斜向かい、ちょうど交差点の角に
淡い光を漏らした建物が見える。
黒い屋根は石造りで
何体かの神様の像が埋め込まれていた。


寺院・・・か?


道路を横切って
近づいてみる。


やはり寺院だ。
寺院内を覗き見る。
祀られているのはゾウの頭を持つ神、ガネーシャ
確か商売の神様だ。
院内にはいかにも修行者というような
上半身裸にルンギーを巻いた老人から
サリーをまとった女性
仕事帰りの会社員のような男まで
様々な人々がいる。
ちょうど夕方の儀式の時間なのだろうか
人々の輪の中心にある
タワー型の金色の燭台に
次々と火が灯されていっているところであった。


ざわめきと
エンジンの音とクラクションの音の
隙間を縫って染み出す祈りの声、鐘の音。


近代的にごった返した街の中に
突如として神様が現れる。
トリヴァンドラムもやはりインドだった。



最初はここがパドマナーバスワーミ寺院かと思ったが
どうやら違うようだ。
目指す寺院は
そのガネーシャを祀った寺院の脇の道を
5分ほど歩いたところにあった。


日はすっかり暮れていた。


パドマナーバスワーミ寺院は
絵葉書になっても良いような大きく立派な寺院で
台形のゴープラムが
夜の闇にうっすらと浮かんでいる。
門前にはこちらも大きく立派な池。


先程の寺院もそうだったが
ヒンドゥー教徒でない我々は
寺院の中に入ることが出来ないらしい。


パドマナーバスワーミ寺院を池越しに眺める。


夜の色を色濃く映した池に
寺院から漏れる光の帯が浮かんでいる。
ここでも祈りの声が聞こえてくる。
騒がしい大通りから離れている分
声はより深く空に染み入っている気もした。



幻想的な散歩を終えたあとは
駅に戻り
ウェイティングリストが繰り上がったかの確認。
予想通り無事繰り上がっており
予約が確定。
ひとまず安心だ。


夕食は昼間行ったシティ・クイーンで
魚入りプラーオと
ライタを注文。
プラーオはピラフとルーツが同じらしい
インド風炊き込みご飯。
ビリヤーニーとプラーオの違いは
肉類が入っているかどうか
・・・と思っていたが
フィッシュ・プラーオなんてのがあるってことは
どうやら俺の認識は違うらしい。
ライタは今回の旅のお気に入りのひとつ。
ヨーグルト(正確にはダヒー、カード)に
刻んだトマト、キュウリやたまねぎ、青唐辛子などを入れた
ヨーグルトサラダ。
そう、今夜のメニューは
胃腸のことを考えているのだ。


インドでは
高級レストランならいざ知らず
中途半端なレストランに行くよりは
その辺の回転率の良い食堂で食ったほうが遥かに美味い
という俺のノウハウを
見事に覆すシティ・クイーンの味。
たいしたレストランだ。


昼に続き夜も満足な食事を終え
U君とナベタクはそのままBARを探しに。
下痢気味の俺はパス。


帰りにGOLD FRAKEという
インドタバコを買って
ひとり宿に戻る。


宿に戻ると
フロントの兄ちゃんが
蚊よけ用のベープマットをくれた。
(もちろんメーカーはベープではないが。)
素晴らしいサービス!
企業努力!
しかも量産型と違って赤!
普通のベープマットの
3倍は効果があるだろう。



・・・・・



深夜
あまりの暑さに目が覚める。
まぶたは閉じたまま。
一度開くとまた寝付くまで
時間がかかりそうだからだ。


風が無い。
天井のファンが止まっているのだろう。
また、停電か・・・。
昼よりは涼しいとはいえ
さすがにファンを回していないと眠れもしない。



・・・長い。
一向にファンは復活しない。


仕方なく眼をあける。


まったく・・・
昼間の停電ならまだ良いが
夜は勘弁してもらいてぇな・・・


・・・あれ?


部屋の入り口のドアの方を見ると
廊下から光が漏れている。


停電・・・じゃない?


気になって部屋のドアを開けてみる。


・・・え!?


なぜか
部屋の主電源が落とされている・・・。



ナンノ・・・イヤガラセデスカ、コレハ・・・?










つづく