第18章 IWGP (Indian Water-shower Grand Prix)


コヴァーラムからトリヴァンドラムまでは
バスに1時間も揺られていれば着いた。
冷房もリクライニングもない
走るサウナのようなバスだったが
料金はわずか9ルピー。
1ルピー2円だから
18円で次の町まで移動できたことになる。
1日の予算の中に
移動費も含めているので
この調子なら今日は贅沢できそうだ。
・・・ま、下痢気味でビールは飲めんがね。


トリヴァンドラムに到着して
まず最初に向かったのが
駅の鉄道予約オフィス。


チェンナイやデリーなら
ガラガラに空いている外国人専用オフィスがあるが
トリヴァンドラムの予約オフィスは
100人近いインド人達でごった返していた。


大都市部以外の駅が
縁日のようにごった返していることは珍しくなかったが
この駅には他の中規模駅と違う点がふたつあった。
ひとつはエアコンが効いていること。
もうひとつは順番が
ちゃんと番号札によって管理されていることだ。
順番を待っている間2度停電が起きたので
エアコンか?エアコンのせいなのか?
とも思ったりしたが
やはり涼しいオフィスで
行列に割り込むインド人達とポジションの奪い合いなどもせず
落ち着いてチケット予約ができるというのは
疲れている身体に実にありがたかった。



1時間後
我々は無事バンガロール行きのチケットを入手できた。
ウェイティングリストのそれぞれ4、5、6番目。
つまり我々3人とも4〜6人のキャンセル待ちという状態だが
経験上、これはまず間違いなく繰り上がる。
ハンピでの185人繰り上がりに比べれば
もはや確定チケットと同等だ。


チケットを取った後は
宿探し。
1軒目の宿はフルだと言われ断られたが
2軒目のいかにも改装中というような
鉄パイプやら網やらが周りを取り囲んだ宿に
無事チェックイン。
宿の名はグリーンランド・ロッジング。
スリーベッドルームでひとり136ルピー。
ホットシャワーは出ないが
部屋は広く清潔。
日当たりの良い立地のうえ大きな窓があるおかげか
インドでは珍しく部屋が明るい。
なんと物干し台まである。
北インドよりも物価の高い南インド
しかもたいした観光地でもないトリヴァンドラムで
この料金でこの部屋なら充分だ。


そんな素敵なグリーンランド・ロッジングにチェックインして
まず最初に待ち構えていたのは
ハチとの格闘だった。


大きな窓に
見たことも無いカラフルなハチが止まっている。


「ヤルか・・・?」


「あぁ。」


「・・・いやでもハチって殺すと
 仲間が集まってくるんじゃなかったっけ?」


「・・・やめるか?」


「あぁ。」


平和的に解決することにする。


カーテンをうまく使って
ハチを追い詰め
最後はビニール袋をかぶせて捕獲。
次いで窓を開けリリースだ。


またひとつ
インドを旅するためのスキルを身につけた気がした。


ひと仕事終えたあとは
シティクイーンというこじゃれたレストランで昼食。
店内にエアコンが効いているうえに
店員もYシャツに黒いベストなもんだから
そこそこの出費を覚悟したが
ベジミールスが55ルピーと
意外にリーズナブル。
ミールス(定食)の内訳は
ライス、ココナッツ風味の野菜カレー、
キャベツのポリヤル(炒め物)
ラッサム(辛酸っぱいスープ)
ダヒー(ヨーグルトの一種)
さらにはデザートでヨモギ餅のような味のゼリーまで付いてきた。
美味かったので
下痢中なのも忘れてドカ食い。


さて、満足な食事を終えて
部屋に戻ってきたところで
昼間のうちに
洗濯とシャワーだ。


水シャワー・・・。
インドでの水シャワー・・・。
「今日、暑いから水シャワーで。」
「夏のプールって気持ちいいよね。」
・・・そんなもんではない。


インドでの水シャワーは格闘である。


インドで風邪を引くかもしれない。
そうするとまず1週間は治らない。(俺の場合)
インドで下痢を悪化させるかもしれない
そうなるとまず2週間は完治しない。(俺の場合)
そんな恐怖を抱えながらも
水シャワーを浴びる。


「あなたはなぜ水シャワーを浴びるのですか?」
「そこに水シャワーがあるからです。」


インドで水シャワーとの戦いは
避けては通れない漢の道なのである。



水シャワーに打ち勝つには
おのれ(のテンション)を高めることが必須である。


部屋でパンツ一丁になり
首からタオルをかける。


あの曲を口ずさむ。


「パワーホール」。


肩を回す。


やや前傾で
バスルームのドアを開ける。
リングイン


蛇口をひねる。


水シャワーが出てくる。


「しゃあこらぁ!!」


水シャワーを睨みつける。


「水シャワーこらぁ!!」


水シャワーにラリアット


「水シャワーこわくねぇぞ!!」


「おれぁ水シャワーこわくねぇぞ。」


「おれんがこえぇぞこらぁ!!」


「水シャワーこらぁ!!」


怒声を発しながら
水シャワーを浴びる。
徐々に身体が熱を帯びていく。


無理くり揚げたテンションで
高沸する右脳とは対照的に
左脳はやけに冷静だ。


あぁぁぁぁ
ホットシャワー浴びてぇぇぇぇ。










つづく