第17章 あれはサマーリフレイン ― in Kovalam 2 ―  


ゴアでの楽しみ方は
それこそ海と飯とビールという具合だったが
ここコヴァーラムでは
散策という楽しみ方もあった。


海があり
砂浜があり
メイン通りというには
あまりに狭い道を挟んで
レストランと宿が立ち並ぶコヴァーラム。


レストランと宿の隙間には
ちょうど人がひとり通れるほどの小路がたくさんあり
小路の脇には服屋や雑貨屋などがところ狭しとひしめき合っていた。


おもしろそうな小路を見かけては
ひょいっと飛び込んでみる。
それは当てもなく
ヴァラナシの路地裏を散歩する感覚にも似ていた。


「ジャパニ!サンダルを買わないか?!」


昨日とは別のサンダル屋だ。


「昨日買ったばかりだよ。
 ほら、今も履いてるじゃん。」


「それはいくらした?!」


ちょっと少なめに
「300ルピー。」
と言ってみる。


サンダル屋は納得したように
深く頷いた。


俺の店なら○○ルピーだ!
と言わないところをみると
実際は400ルピーだったとしても
そんなに高い買い物では無かったのだろう。


「ジャパニーズブック?!」


今度は別の店に声を掛けられる。


ブック・・・?
店先にはくたびれたTシャツや
日本のアジアン雑貨屋で見かけるような服が
まるでカーテンの代わりのように
隙間なくぶら下げられている。


「ブック?お宅、服屋じゃないの?」


浅黒い肌のちょびヒゲ店主は
にやりと笑う。


「うちは日本の本も扱ってんだ。
 これだけの品揃えは他には無いぞ?!」


・・・本屋やれよ。


品揃えが本当に良いかは別として
そういえばナベタクが本を欲しがっていた。
いや、勘違いかもしれないが
欲しがっていた気がする。
どちらにしろ荷物にならない程度なら
旅に本は何冊あってもいいだろう。


「オーケー。じゃあマイフレンドが本を欲しがってるから
 あとで連れて来るわー。」


「ほんとか?!ジャパニ!
 絶対だぞ!!約束だぞ!!」


うーん、妙に必死だ。



一旦部屋に戻ると
ナベタクが文字通りゴロゴロしていた。


「本、買いに行かねぇ?」


「いっすよ。」


インドで
昨日着いたばかりの町で
理由も場所も何の本かも訊かず即答。
このフットワークの軽さは特筆すべきである。



ナベタクとふたり
先程の服屋兼本屋?に舞い戻る。


「ジャパニ!待ちかねたぞ!
 戻ってこないかと思ったぞ!
 本は誰にも売らないでとってある!」


この間わずか5分。


カーテン代わりの服を掻き分けて
店の奥に入る。
ちょびヒゲ店主は
隠しておいた宝物のように
実際取っておきかもしれないが
レジカウンターの下から
ぼろぼろになった本を
掻きだしてはイスの上に積んでいく。


時代小説の下巻のみ。
20年前の財テク本。
夏目漱石の「こころ」。
ん?これは日本語じゃないんじゃ・・・。
が次々と埃を撒き散らしながら積まれていく。


その中で
唯一興味を引かれる本が一冊だけあった。


地球の歩き方」のプラスワン。
「見て読んで旅するインド」。


俺の認識では
インドに特化することによって
個人旅行ガイドブックとして確たる地位を築いた
地球の歩き方」。
ロンリープラネット」より情報量が少ないだの
ミーハーだのなんだの言われがちではあるが
「見て読んで旅するインド」は
それをカヴァーするため発行されたであろう
インドの中の「宗教」「映画」「料理」「雑貨」、
さらには「建築」や「美術」などまで掘り下げた
まさにプラスワンというべきガイドブックである。
2003年発行
で、それが最初で最後。
おそらく売れなかったのであろうが
ある意味レア。
その本にインド本土でめぐり合うとは。


「これはいくら?」


「175ルピーだ。」


定価1750円のガイドブックが
175ルピー。
取ってつけたような適当な料金設定だが
あながち高いとも思わない。
旅の合間の暇つぶしに持って来いと判断し
即購入。値切りもしない。



そんな散歩をしたり
U君が買ってきた
南国のフルーツなどをつついたりしているうちに
日が暮れた。



夕食だ。


インドの長期旅行のなにがいいかを考えると
やはりその日、その日、つまり「今日」の行動に
大きく比重が置かれることだろう。
来週のスケジュールを考えるでもなく
明日のために早く寝るでもなく
今日、どうするかだ。
重要なのは今日。いま。ジャストナウ。
今日、どれだけ満足のいく宿を見つけ
どれだけ美味い飯を食い
あとは、空いた時間でなにをするか。
気が向いたら別の町に移動するのもいい。
その日、その日で
自分の満足いく
ベストの時間、空間を探すのである。
一日の行動基準が
朝、目覚めたとき
もしくはそれより少しあと、
イムリーに決まる。
それが1週間、1ヶ月と積み重ねられる。


そのなかで
一日わずか三度しかない
飯の時間は
非常に重要な時間であった。


我々は
昨日、美味しいシーフードを平らげた
MALABOR CAFEというレストランに
今日も行くことにする。


席に落ち着いて
メニューを眺め
シーフードマカロニ(100ルピー)と
メカジキ(250ルピー)を注文。
他に「本日の魚」をいうメニューがある。


「これって店先に出ている魚のこと?」


「そうだ、ジャパニ。
 好きなのを選ぶといい。」


店員に連れられ
席を立つ。


レストランの入り口には
平らな木の台が置かれ
そのうえには
ぎらぎらと鈍い光を放つ
今日水揚げされたばかりであろう魚達が
ぎっしりと並んでいた。


どれが美味いのか訊いてみる。


「エニワングッド!」


どれも美味いらしい。
いや、そりゃそう言いたいのだろうけども・・・。


視線をこちらに向けてくる
汗をかいた魚達を睨み返し
どれにしたものかと迷っていると
「ジャパニ!これにトライしてみろ!」
と店員が1匹の魚を指差す。


トライって・・・。
まぁ言ってみれば
この魚が本日のお勧めなのだろう。


「ジャパニ、調理法はどうする?
 ガーリック、ジンジャー、チリ・・・
 なんでも出来るぞ!?」


そのとき
ゴアで食った
魚をバナナの葉で包んで蒸し焼きにした料理が
頭に浮かんだ。


「えーーーっと
 じゃ、ディス フィッシュを・・・
 バナナリーフで・・・
 くるっと。」


「オーケーオーケー!
 バナナリーフ!」


日本語まじりの身振り手振り。
「くるっと」なんてまんま日本語だったが
無事伝わったようだ。



席に戻り
20分ほど待つと
シーフードマカロニとメカジキとともに
バナナの葉で包まれた塊が運ばれてくる。


バナナの葉をフォークで大雑把にめくると
眼鏡を曇らせる湯気と共に
香ばしい匂いが鼻腔をくすぐり
赤いソースをまとった先程の魚が姿を現した。


不味いはずがない。
白身魚の柔らかい甘みに
スパイシーなソースが絡みつく。
時折感じる爽やかな香りは
バナナの葉によるものだろうか。
ビールが進む。


海が運ぶ蒸し暑い夜も
漁れ立ての魚と
冷たいビールでお釣りが来る。


これぞビーチ
というべき晩餐。


下痢気味の身体に
冷たいビールが染み込み
スパイシーなシーフードと
浮かれきった会話が身体を火照らせ
また、冷たいビールを求める。



最高だ!
遍く夜のビーチは最高だ!




・・・で、またその夜下痢ですわ。


禁酒だな、こりゃ。










つづく