第16章 サンタナ ― in Kovalam 1 ―


どうやらリュックを枕に
眠ってしまったようだ。
眼を覚ますと
そこはトリヴァンドラムのバスターミナルだった。
インド5日目にして早くも体調は下降気味。
激しく揺られたせいか
首も腰も痛い。
そして暑い。


とりあえずバスを降り
大きく伸びをする。


朝9時にして既に真夏のような日差し。
ターミナルには引っ切り無しにバスが出入りしている。
見回すとコンクリートの建物と
往来の激しいアスファルトの道路。
トリヴァンドラムは思いのほか都会のようだ。
数日後またここに戻ってくるだろう。


U君とナベタクと
たわいもない話をしながら
タバコを1本吸い終わったころ
バスはエンジンをかけなおした。


再びバスが出発。



窓の外には
トリヴァンドラムの町並みが流れていた。


ふと道路脇に立てられた
大きな看板が目に入る。
インドの交通標語のようだ。


『セーフティー ファースト!』
さすがに安全第一か。
『スピード イズ ネクスト!』
でもやっぱりスピードにはこだわるのね。


そう、スピードに乗ったバスは
ほとんどアトラクションだ。


ほら来た!!


ふいに腰が浮く。


返す刀で腰がシートに打ちつけられる。


これだ。


インドのバスは跳ねる。


慌てて前の座席を両手でつかむ。


インドの道路には
なぜかボコッと膨らんだ箇所が
いたるところにある。
スピードを抑えるためなのか
中に水道管でも通っているのか
はたまた手抜き工事か
とにかく猛スピードで走る
オンボロバスがその上を通るたび
我々乗客は
腰、膝、さらには天井で頭まで打つのだ。
シートベルトが無いぶん
ジェットコースターよりたちが悪い。



身体中を打ち付けて
体力も消耗したころ
バスはコヴァーラムに到着した。


木陰の涼やかなバス停。
バスが来た道の隣にあった小路を下っていく。
茅葺のような屋根のみやげ物屋をいくつか通り過ぎていくうちに
下り坂が終わり
足元が砂浜に変わった。


右手には太陽の光を目一杯引き受け
煌びやかに輝くアラビア海
砂浜では
ターバンを巻きルンギー(腰巻)姿の男衆が
そのアラビア海から
綱引きのように網を引っ張っている。
引き上げられた魚は
今夜レストランに並ぶのだろう。


足の裏に
砂の熱が伝わってきた。


砂浜に横たわる木船。
その向こうにヤシの木が並び
隙間から赤い屋根の建物が並んでいるのが見える。


宿はあっちか。


砂浜から一段登った細い道沿いに
レストランや宿が並んでいた。


せっかくビーチに来たのだから
宿も波の音が聞こえるところがいい。


少し奥まったところには安い宿もあるみたいだったが
我々はビーチ沿いの宿に泊まることにした。
リゾート地ということでエアコン無しの部屋でも
3人で900ルピー(約1800円)と若干宿代は高め。
ただ、部屋は清潔で海も見えるし
なにより部屋の前にテーブルと長椅子があるのが決め手になりチェックイン。


さて
ビーチに来た。
ビーチと言えばサンダルだ。
サンダルが無いことには始まらない。


ちょうどおあつらえ向きに
サンダル屋が宿の隣の小路沿いにあった。
店先に八百屋の野菜のように
サンダルが並び
その奥が部屋なのか作業場なのか
畳一畳ほどのスペース。
インド人にしては腰の低そうな若主人に声を掛けられ
店先のサンダルを手にとって見るが・・・
高い。
サンダルが下手な宿代より高い。


「100ルピーぐらいのゴムのやつとか無いの?」


「100ルピーのサンダルなんざダメです。
 すぐ壊れてしまう。
 たとえばアナタ達が100ルピーのサンダルを買ったとしましょう。
 旅行中に歩いていたら壊れて転んで怪我をしてしまいます。
 その点うちのサンダルは一生ものです!」


はたして俺はインドで買ったサンダルを一生履くのだろうか。


「ほら、これを見てください。
 うちのサンダルはストロングな皮製です。
 ほら、こんなに引っ張っても・・・
 ほら、こんなに叩いても・・・
 見てください、全然大丈夫です!」


あぁぁ売り物のサンダルを・・・。


しかし確かにせっかくインドに来たのだから
どこでも手に入るようなゴムサンダルより
それっぽいサンダルのほうが良い気もする。


「せっかくだから」
こんな気持ちが沸いてくるのも
ビーチならではだろう。


我々はそれぞれ好きなデザインの皮サンダルを選ぶ。


「これだといくら?」


「うーーーん。それは良いものですからねぇー。
 ほんとは800ルピーですが・・・
 よし、大負けに負けてひとつ650ルピーです!」


650ルピー?!
650ルピーということは3人分で
1950ルピー。
今日泊まっている宿の倍以上高い。


「高すぎる!
 3つも一気に売れるんだから
 ひとつ300ルピーでどう?」


「300ルピー?
 バカ言わないでください。
 そんな値段で売ったら
 僕は今日の晩飯抜きですよぉー。」


いや、全然食えるだろ。


その後も高い、安いの交渉を続け
結局3人で1250ルピーで交渉成立。


もうちょっと値切れたかなと思いつつも
商品を受け取って帰ろうとすると


「ちょっとちょっと、うちのサンダルは一生ものだって言ったでしょ。
 そこに座ってください。」


なんと、買ったサンダルを
自分の足のサイズに調整してくれるようだ。


サンダルを一度分解し
帯の長さを足にフィットするように調節。


「この鋲もつけておきましょう。
 本当はこれも50ルピーするんですが
 サービスです。
 これをつけるとサンダルの寿命が3年長くなります!」


一生もののサンダルの寿命が3年延びる?


トンカチで鋲をサンダルに打ちつける店主。
妙に上機嫌だ。
値切ったとはいえ意外と儲けがあるのだろう。


3人それぞれ各々の足にフィットするように
サンダルをカスタマイズ。


履いて歩くと
なるほど、実に歩きやすい。
裸足で歩いているのとほとんど変わらない感覚だ。
あながち高い買い物でもないかもしれない。



その後は下痢気味のため昼寝に読書。
夕食はビーチ沿いのレストランで
チャイニーズ・チョップスィー(堅焼きソバ)、
カラマリ(イカ)のガーリック炒めと
エビのチリソースとビール。
ある意味リゾート生活を満喫だ。



夜、停電が起きた。
ファンも回らないためしばらく蒸し暑い夜。
あまりに暑いので
海風にでも吹かれようかと部屋のドアを開け
ふと頭上を見上げると
満天の星空。



しばらく波の音がこだましたあと
停電が終わり
聞こえてきたのは
アメリカンロックの泣きのギターだった。










つづく