第15章 出発の朝


早朝にコヴァーラムへ向かうバスは2本。
6時発のトリヴァンドラム経由コヴァーラム行き。
もうひとつは6時20分発のコヴァーラム直行便。
前者は所要3時間
後者は所要2時間。
つまり前者はコヴァーラムより北西の
トリヴァンドラムまで行って引き返すルート。
所要時間もさることながら
コヴァーラムからトリヴァンドラム、コーチンの順に北上しようと思っていた我々は
6時20分発のコヴァーラム直行便に乗ることにした。


朝、目覚まし時計の電子音で眼を覚ます。
ナガルコイル行きの列車内では
スイッチを入れ忘れ
危うく乗り過ごすところだったから
目覚まし時計できちんと起きるのは
今回のインドで初めてだ。


まずは脳を起こすため水を飲み
一旦落ち着くためタバコをふかし
簡単に荷造りを済ます。


4度目のインドで大きく変わったのは荷物の量。
最初のインドから8年。
インドに行くときは
変わらず鞄流通センターで2000円で購入したリュックを使っている。
最初のインドはリュック2つ。
10日間、1週間と短かった
2度目、3度目のインドですら
リュックはパンパンだったというのに
再び1ヶ月の今回は
リュック1つのうえまだ余裕があった。
やはり荷物は軽いに限る。


結局、服は2セット
あとは歯ブラシ、タオル、石鹸と
インドでゆっくり読みたい本があれば
残すは嗜好品のガイドブック、ノート、お気に入りのタバコがあるだけで
事は足りるかもしれない。



起きてから30分もかけないうちに
マニッカムをチェックアウト。



外はまだ薄暗い。
昼間とは打って変わって
ひんやりとした空気が肌の周りを覆う。


ロビーを出たところで
タバコを咥えて
ウンコ座りの日本人が眼に入る。


「あ、っはょーざいまーす。」


タケだ。


この早朝
わざわざ出発を見送りに来てくれたらしい。
これには少し驚いた。
案外律儀なようだ。


「センパイらも2週間後ぐらいには北にいますよね?」


「あぁ、どっかでまた会うかもな。」


「運が良かったらまたどっかで会いましょう!」


「あぁ、ヴァラナシあたりでな。」


インドは広い。
携帯電話も日時の約束も無しに
再会するのはなかなか難しいだろう。
ただ、ヴァラナシでなら
なんとなく再び会えるような気もした。



日の出でも見に行くと言うタケと別れて
バス停に向かう。
3つの海を背に
緩やかな上り坂を
リュックを背負って歩く。


バス停までの距離も
靴に皺を作る上り坂も
夜の色を溶かし始めた空も
リュックの揺れが刻むリズムも
出発の朝にはぴったりであった。



薄もやがかった坂の上から
ヘッドライトの光が浮かんでくる。
次いで聞こえる
地を這うエンジン音。


6時発トリヴァンドラム経由のバスだろう。
我々が乗るバスはこの1本あとの直行便。
割と遅れなく運行しているようだ。
この調子ならバス停であまり待つことも無い。



たいした起伏もない坂を
大袈裟にガタガタ揺れながら
通り過ぎるバス。


その数秒後
背後で
まだ醒めきらない朝を切り裂くようなブレーキ音。


「ヘーーーイッ!!!」


えっ?なに?!俺?!
振り返ると
白いシャツを着たおっさんが
バスのドアのところに左足をかけ
身を乗り出して手を振っている。


「ジャパニ!!どこへ行く?!!」


「どこって・・・バス停へ・・・。」


「バスでどこへ行く?!!」


「えーっと、コヴァーラム・・・。」


「乗れ!!」


「いや、それじゃなくて直行便に・・・。」


「カモンッッ!!!」


「あ、はい。」



・・・乗っちまった。










つづく