第11章 海、その愛 ― in KANYAKUMARI 4 ―


朝、ひとり爽やかな目覚めを迎える。
インドに来てから初めてぐっすり眠れた夜。
アラーム無しで
目が覚めたときに起きる。
それがいい。


他の2人はまだ眠っている。


昨夜は「1ルピーは実は2円であることが判明バブル」で
タカシと4人
エアコンの効いたナイフとフォークまで用意されているBARで暴飲暴食。
今朝の朝食は消化の良いフルーツなんかが良いだろう。
幸い南インドには
レッドバナナと呼ばれる特産品があるらしい。


ろくに着替えもせず
靴だけ履いて外に出る。
ジャックパーセル
カートではなくユーゴの影響。


カニャークマリの朝は
マハーバリプラムにも似て
静かで清々しかった。


まだ本気を出していない南インドの太陽の光は
柔らかく肌に刺さり
海からの心地よい風が頬をなでる。
なにより足元。
やはり歩くなら
アスファルトより土の上のほうが良い。


宿の近所の
キヨスクのような売店に立ち寄る。


店の前には
数人のインド人。
その列の後ろに並ぶ。


皆、バナナを2本ずつ買っては
店の前で皮を剥いて食っている。
朝食だろうか。


列が掃けた。
売店にはジュースやタバコ
良く分からない雑貨が並び
天井から3種類のバナナがぶら下げられていた。


3種類のバナナ。
そう、バナナが1種類ではないのだ。
ひとつは良く見る普通の大きさの普通の色の普通のバナナ。
もうひとつは赤っぽい色をした少し大ぶりな丸っこいバナナ。
噂に聞くレッドバナナというやつだろう。
そして普通のバナナの半分以下のサイズの
緑色のバナナ。


「これはレッドバナナ?」


尋ねると
店主はくねくねと首を横に振る。
最初インドに来たときは戸惑ったが
この首を横に振る仕草が
インドのYES、OKのサイン。


「じゃこのレッドバナナを3つ。」


店主のヒゲオヤジは
無愛想にぶら下がったレッドバナナをナイフで切り落とす。


突然、肩をつかまれる。
店の前でバナナを食っていたインド人が
左手で俺の肩をつかみ
右手で緑色の小さいバナナを指差し
グッド、グッドと言っている。


「あ、じゃあその小さいのも3つ。」


「サンキュー。」


店主は今度は「サンキュー」といいレッドバナナと緑色の小さいバナナを
新聞紙に包んで渡す。


さて、宿に戻って
眼を覚ましたU君、ナベタクと
バナナとチャイで朝食。


これがまた美味い!
レッドバナナは甘みが強く
なめらかでとろけるよう。
上質なカスタードクリームのようというガイドブックの謳い文句がぴったりだ。
しかし、それを超える感動が
地元民がこぞって買っていた緑色の小さいバナナ。
鼻を抜ける香りは
素晴らしく爽快で
小さな実に詰まった上品な甘みは
食べ切るのがもったいないくらいであった。
大袈裟ではなく今まで食った中で一番美味いバナナ。


朝食をヘルシーにたいらげた後は
ツーリストらしく観光でもしようかということになり
東の海岸に浮かぶヴィヴェーカーナンダ岩に行ってみようということになる。


ヴィヴェーカーナンダ岩。
ヴィヴェーカーナンダという宗教家が
そこで瞑想に耽ったことで有名になったらしい。
カニャークマリの沖合いに浮かぶ
その巨大な岩は
岩というより
もはや島だ。
城のような記念堂と巨大な彫像が建てられているが
それでも余りある広さ。
ちなみに夜はライトアップされ
昨夜その妖しくも華々しく輝く姿を見た俺は
海に浮かぶ高級ホテルかカジノだかかと
勘違いしていた。



クマリ・アンマン寺院への参拝客でごった返す
薄暗い参道を抜けたところに
フェリー乗り場はあった。
もちろんヴィヴェーカーナンダ岩行きのフェリーだ。


フェリー乗り場には長蛇の列。
入り口でフェリーの切符を買い
銀行のATMの列のような形に並ぶ。
列は牛歩のごとくゆっくりと進んでいく。
そのうち屋内に入るが
らせん状に緩やかに下る屋内の通路も
インド人の観光客で溢れている。
中には暑さにやられたのか
ふいに吐き出す女学生も出てくる始末。


1時間弱順番を待ち
再び屋外に出た後にも
まだまだ列は続く。


正午に差し掛かり
ますます威厳を増す灼熱の太陽光にさらされながら
さらに20分。


やっとこさフェリーに乗れる番がやってきた。


次々となだれ込むように
フェリーに飛び乗るインド人達。
それに続く。


あっという間に
フェリーは乗船率200パーセント。


座れる席は無い。


仕方なく座席と座席の間に立ったまま。
修学旅行生だろうか
制服を着た小学生ぐらいの子供達が
眼をキラキラさせて
物珍しそうにこちらを見上げている。


船内のざわめきを一喝するように汽笛が鳴る。
いよいよ出航。
その瞬間イスに座っているインド人達が
一斉にオレンジ色の救命胴衣を付け始める。


「えっ?!なになに?!!
 そんな危険なの?!!
 沈むの?!!ねぇ、沈むの?!!」



立ちの俺たちに
救命胴衣は無い。








つづく