第9章 次回、『ルピーの価値は』 ― in KANYAKUMARI 2 ―  


「おひとりですかー?」


上の階のベランダの
黒縁眼鏡の青年。
無精ひげを生やし
肌は良く日に焼けている。


「いえ、友人と3人で来てるんですよー。
 そちらはおひとりですか?」


今回の旅で日本人に会ったのは初めてだ。


「えぇ、先週タイから飛行機で来まして・・・。
 ・・・インドってしんどくないですか?」


「ははは、確かに。
 タイのほうが良いですか?」


「いやぁタイは最高ですよ!」


そのうちベランダでワイワイ言っている俺を不思議に思い
ハイライトのラムメンソールをくわえながらU君がやってくる。


「ん?あれ?こんにちわ!」


「あ、こんにちはー!」


「ベランダでひとりで何笑ってるのかと思ったら・・・。
 こういうことだったのね。」


ベランダの青年の名はタカシ。
仕事をやめて去年の5月から1年近く
タイを拠点にアジアをぶらぶらしていたのだが
先週、バンコクから飛行機でカルカッタ
そしてカルカッタから30時間以上列車に乗り続け
ここカニャークマリにやってきたらしい。


「あ、そっちの部屋行っていいですか?」


確かに3階と4階のベランダ越しに
大声で話を続けるのも疲れる。
タカシは我々の部屋にやってきた。


「いやぁインドはもうこりごりですよ!
 早くタイに帰りたい!」


「ははは、そうですか?
 この人なんてもう4度もインドに来ちゃってますよ。」


U君が笑いながら俺を指差す。


「4度ですか?!何がいいんですか?
 僕なんてもう初日のカルカッタで帰りたくなりましたよー。」


苦笑するタカシ。


「あ、カルカッタってどうです?」


俺にとってカルカッタは憧れの街だった。
人口約1200万。
聖と俗、生と死、美と醜、善と悪、富と貧、
そのすべてを飲み込み
日々莫大な人間エネルギーを生み出しながら
うごめいている混沌の街。
今回の旅の目的地のひとつでもある。


「いや、最悪です。
 アジアであんなひどい街見たこと無い。
 街は汚いし宿は汚いし飯はまずいし客引きは多いし・・・。
 っていうかインド人ってウソしかつかないですよね?!」


「えぇ?!そんなひどいんですか?
 怖ぇなー。」


言葉とは裏腹に
カルカッタへの期待が膨らんでいく。


「もう、嫌で嫌で・・・。
 でもとりあえずそのままとんぼ返りもどうかと思って
 インド最南端まで来てみたんですよ。」


「ここは静かでいいですよねー。」


「そうですね。ここはのんびりできていいです。
 このホテルは部屋も綺麗だし
 エアコン付いてるし。」


「えっ?エアコン付きの部屋ですか?
 高くないですか?」


「ダブルルームをひとりだからまけてもらって
 800ルピーですね。
 高いっちゃ高いですけど
 まぁタイよりも物価安いんで。
 物価が安いってのがインドの唯一良いとこですかね。ははは。」


「あぁ確かに。
 1ルピー3円ですもんね。
 チャイなんて4ルピーあれば飲めますし。」


「え?今1ルピーは2円ですよ?」


?!


「え?!ほんとですか?!」


「間違いないです。
 僕ネットバンク使ってる関係で
 外貨相場はいつもチェックしてるんで。
 ルピーは目下暴落中ですよ。」


今まで1ルピー3円で計算していた。
その中で1日の予算は列車代、宿代、ビール代を含め1500円目安。
今までは1日500ルピーまでしか使えない状態だったが
1ルピー2円だと750ルピーまで使えるではないか。
1日750ルピーもあれば
かなり優雅な旅が出来る。



1ルピー3円だと思っていたのが実は2円。
つまり所持金の価値がいきなり1.5倍。


金が・・・増えた!!








つづく