第8章 ホットシャワーから始まる一日


よく考えたら
ここまで一度も宿で一泊していない。


一日目は深夜3時に宿に着いて
その日のうちにチェンナイを発ち寝台車泊。
次の日もマドゥライに朝6時半に到着し
その日の夜行列車で次の町へ。
ナゴルコイルを含めれば4つめの町。
ここカニャークマリでは少しゆっくりしてみよう。


日の出を見た後は
疲れのため皆、仮眠。
昼前に各々目を覚ます。


そういえば宿の従業員が部屋を案内するときに言っていた。


「うちの宿はソーラーパワーを使ってるんだ。
 いつでもホットなシャワーが浴びれるぞ!」


その話が本当なら
今日がホットシャワー記念日だ。


まずナベタクが一種の毒見役として
バスルームに入る。
経験上、「ホットシャワーが出る!」と豪語するインドの安宿で
実際にホットシャワーが出る確率は6割程度。


・・・・・


「おぉ・・・!」


しばらくしてバスルームから感嘆の声が漏れる。


「熱ッ・・・!!熱いっ!!」


続いて悲鳴が聞こえる。


ホカホカと湯気をまとって
ナベタクがバスルームから出てくる。


「どうだった?」


「途中からお湯が出ました!
 お湯っていうか熱湯です!」


続いてU君が入る。


・・・・・


10分後、バスルームから出てくるU君。
あまりホカホカ感が・・・無い。


「どうだった?」


「・・・うーーーん。確かに最初はお湯が出たんだけど
 途中からなんかぬるくなってきた・・・。」


嫌な予感がする。


満を持して
俺もバスルームへ。


シャワーの蛇口をひねる。


シャワーヘッドから放たれる水に
手のひらをかざしてみる。


おっ!?
少し温かい。
これからお湯に変わるのだろうか。
頑張れソーラーパワー!!



しかし、シャワーを出しっぱなしでいくら待っても
水はお湯に変わらない。
それどころかだんだんとシャワーヘッドからの水は
温度を下げ
最後には
昼間に飲んだらおいしいだろうなー
と思えるほどのひんやりとした水になった。


ソーラーパワー弱っ!!?


結局俺だけ水シャワーで
朝の行水を済ます。


質に差は出てしまったものの
全員がシャワーでさっぱりしたところで
昼飯を食いに宿を出る。



外に出ると
南インドの太陽はちょうど真上に昇っているころだったが
アスファルトの熱や
車やリクシャーの騒音、排気ガスを感じることも無く
海からの涼しい風も手伝って
田舎の夏休みのようであった。


車も通らない静かで広い砂利道を歩いていると
遠くから男の声が掛かる。


「ヘイッ!ジャパニ!カモンッ!
 カモン!!!」


客引きのようだ。
男の後ろにはお世辞にも綺麗とは言えない食堂がある。
食堂の看板には
ホテル・ナンダーナーの文字。


インドではホテル、いわゆる宿のことをゲストハウスやロッジと言い
食堂なのにホテルの名を冠するところは少なくない。


見た感じ人が泊まれるところには見えない
ホテル・ナンダーナーは
間違いなく食堂の部類だろう。


誘われるがまま
我々は入り口をくぐる。


店の中は
全面コンクリート張り。
木の机が5つあり
ひとつの机にプラスチックの椅子が4つ。
厨房から漏れる熱気で
店内の空間はゆらゆらと揺らめいていた。
我々の他にインド人の家族が2組。


席に座ると
真鋳のコップに
日本人は飲まないほうが無難な水が注がれ
目の前にバナナの葉っぱが広げられる。


ミールス?!OK?!」


店員が勢いよく尋ねる。
おそらくミールス、つまり南インドの定食しか置いていないのだろうが
外国人の我々に気を使って聞いてくれているのだろう。


「OK。ミールスプリーズ!」


ミールスは大好きだ。
店の看板メニューであるミールス
回転率も高く、どこで食っても美味い。


「フィッシュ?!チキン?!」


「えっ?フィッシュ?!
 えっと・・・じゃぁフィッシュ!」


「あ、俺もフィッシュ。」


「あ、じゃあ俺チキンで。」


注文を済ませると
バナナの葉っぱの上に
ご飯がどっさりと盛られ
その傍に
サンバル(南インドの野菜カレー?)
ポリヤル(南インドのココナッツ風味野菜炒め?)
パパド(豆粉の生地を薄く延ばして揚げたもの?)
そしてインド風ピクルス(ピックル)が盛られる。


特にこのピックル
通常はアムチュール、つまりマンゴーをスパイスと油に漬けて
梅干しっぽい味を出している店が多いが
ここはオレンジを皮ごと使っているらしく
酸味のあとに広がる
オレンジの皮の苦味が実に美味だった。


そのうち店員の言うフィッシュとチキンがやってきた。
チキンはスパイスで煮込んだと思われる骨付きもも肉
フィッシュはこちらもスパイスで味付けしたであろう魚をまるまる油で揚げたものだ。


アイナメだろうか?
この魚も抜群に美味い。
香ばしい香りと
スパイスが染み込んだ油の旨味。
そしてその旨味をしっかりと受け止める
ホクホクとした肉付きの良い白身
その謙虚な甘み、汁気。


やはり海が近いことが大きい。
瀬戸内育ちの俺も
大満足の魚の美味さだった。


ミールスは28ルピー
チキン?!オア フィッシュ?!の
フィッシュはサービスではなく案の定別料金だったが
それでも30ルピー。
牛丼の半額よりさらに安い料金で
最高な昼食を終える。
こんなに幸せなことはない。



帰り道にそこらの売店でジュースを買う。
日本で見かけないファンタアップル。
コーラが9ルピーに比べ
ファンタアップルは22ルピー。
実に高価な清涼飲料水だ。


「サー!(イギリスでナイトに叙任された男性への敬称)
 ビンは返してくれよ!ビンは!」


初回インドのヴァラナシでの教訓を思い出した。
ビンはリサイクル。
店はリサイクルに回すことでお金も貰っている。
ビンをジュースを買った店に戻さないと
それこそ親の敵のごとく追い回されるのだ。


「オーケーオーケー!アイノウ!」


宿に戻って
ベランダでファンタアップルを片手に
タバコをふかしながらゆったりとホリデーを満喫する。


部屋からは
広大な3つの海が見渡せるが
視線を落とせば
それとは比べ物にならないものの
そこそこ大きな広場が見える。


陽が傾き始めた頃
その広場にぞろぞろと
いろいろな背丈の男共が集まってくる。


ルンギー(インドの腰巻)を履いた良い年したおっさんから
小学生くらいの子供まで。
老若男10人近くが集まって
クリケットの練習を始めだした。


広場の端のゴミ捨て場には
手押し車でゴミを捨てに来る老人。
そこに群がるカラスと野良の黒い豚。
ゴミ捨て場は一瞬にして
黒一色に染まる。


そんなカニャークマリの一日を
ぼんやりと眺めていると
ふとU君の声でもない
ナベタクの声でもない
日本語が聞こえてくる。


「こんにちは!」


ん?・・・コンニチハ?


「こんにちは!」


ん?どこだ?!


「こっちです!こっち!
 上です!上!」


声の聞こえるほう
首を持ち上げて仰ぎみると
ひとつ上の階のベランダから
眼鏡をかけた俺と同世代と思われる青年が
やわらかい笑顔を携えこちらに手を振っていた。


「こんにちは!日本の方ですよね?!」








つづく