第4章 チェンナイ滞在19時間 ― in CHENNAI 3 ―


「マドゥライ行き・・・。
 今夜出発・・・っと。
 よし・・・。
 2人分は予約OKだ!
 もうひとりはウェイティングリストの226番だ。」


事も無げに言い放つ
セントラル駅、外国人専用窓口の職員。


「今夜の列車で226人待ち?!
 そんなの乗れるの?」


なぜ2人分のチケットは取れて
もう1人は226番になるんだ?


「ノープロブレムだ。ジャパニ。
 ここは外国人専用オフィス。スペシャルな枠がある。
 必ず乗れる。」


インド人のノープロブレムほど
信用できないものは無いが
職員の言葉を信じることにした我々は
ひとり235ルピー支払い
2人分の予約完了チケットと
1人分のウェイティングチケットを購入。
ウェイティングチケットは
ひとまず一番インド慣れした俺が持つことに。
万が一今日乗れなくても
明日以降ひとりで追いつけばいい。


セントラル駅を後にした我々は
恒例の「俺の行きつけの店」に向かう。
初インドと3度目のインドで立ち寄った
この地元民で溢れる安食堂で
今回も同じようにミールスを注文。


バナナの葉の上にどっさりと置かれた米と
サンバル、ポリヤルといったいわゆるカレー類を
右手でぐちゃぐちゃとかき混ぜ口に運ぶ。
左利きのナベタクも
ここでは右手で飯を食う。
お腹が膨らんできたところでラッサムをかけてもらい
最後はさらさらと戴いて締める。


満腹で外に出ると
いい具合に汗をかいた頬に清々しい風があたる。
こうなってくると食後の一服を喫したい。


しかし、朝食を食べた食堂のオヤジに聞いた話によると
いまやインドも路上喫煙禁止らしい。
特にチェンナイなどの都市部は厳しいんだそうだ。


リクシャーが行き交うたびに
砂埃が舞う煙たい通りを
タバコ片手にうろうろしていると
道の脇の木陰の下に立つ男と目があった。
男は我々に気づくと左手で大きく手招き。
右手にはタバコを持っている。
良く見ればその大きな木の下で
インド人が何人もタバコを吸っている。


喫煙所?


みんなで吸えば怖くない。
木陰の下で我々も一服。
灰皿があるわけではないが
傍には地べたに座ってタバコを売っている男がいる。
タバコ屋の周りではタバコを吸ってもOKということだろうか。


一服した後は
またリクシャーを捕まえ
エグモアの宿に戻る。


列車はチェンナイ・エグモア駅から21時40分出発予定。
それまでの間
チャイを飲んだり
両替をしたりして
時間を潰す。
夕方になったころ一旦エグモア駅へ。
ウェイティングが繰り上がっているか確認するためだ。


夕暮れ時
夜行の長距離列車に乗る人達でごった返す駅構内。
相変わらず
「あっちだ!」
「ここじゃない。向こうだ!」
「こっちじゃない。そっちだ!」
と適当な案内をする駅員と
相変わらず
列に割り込みまくってくるインド人達と格闘しながら
必死に手を伸ばし
窓口にチケットを滑り込ませる。
チケットを眺めパソコンを叩く職員。
チケットに書き込まれるS3/51の文字。
無言で親指を立てる職員。
繰り上がりオッケーだ!


これで3人ともマドゥライに行ける。
「よし。乾杯しよう!」


出発までまだ時間がある。
ケネットレーンに戻り
ぶらついていると
BARと書かれた看板が目に留まる。
店の前に立っているベストを着た男に
「BEER?」
と尋ねると
「ノープロブレム。カモン、サー。」
という答えが返ってきた。
レジの横にあるパーミットルームと書かれた重々しいドアが
ゆっくりと開かれる。
パーミットルーム、つまり酒を「許可」されたその部屋は
寒いほどに冷房が効いており
綺麗なテーブルとソファが置いてあった。
外の通りよりも薄暗い店内に客は数組。
比較的明るいバーカウンターでは
店員同士がビールを飲みながら談笑している。


ビールは3種類を注文。
定番のキングフィッシャー
ストロングビールのハイワード5000、
そして同じくストロングビールのキングフィッシャー・ストロング。
おそらく日本ではまず手に入らないキングフィッシャー・ストロングだが
やけに味が濃い。
濃い目のウイスキーソーダ割りみたいな味だ。
アルコール度数が気になりラベルを見ると
「6」の文字。
「なんだ。6パーセントか。」
「意外と普通だね。」
「へぇ・・・。あれ?・・・いや、違うよ。
 これ、6パーセント・・・以上!?」
以上って・・・。
酔いが回るのが早いわけだ。
つまみに頼んだガーリックフィッシュとジンジャーチキンは
濃いビールとベストマッチ。
恐る恐る頼んだロリポップ
ピリ辛の骨付きから揚げで
これも実に美味かった。



ほろ酔いで店を後にした我々は
宿に戻り荷物をリュックに詰め込みチェックアウト。


エグモア駅に着いたときには
列車が既に到着していたので
ホームでミネラルウォーターを買い
「S3」の車両に乗り込む。
俺の席は51番。
他の2人とは少し離れた
3段ベッドの一番上。
寝台として最低クラスの
スリーパークラスには
もちろん毛布などが用意されているはずも無く
圧縮袋に入れ丸めたTシャツを枕にし
キャセイの機内から拝借してきたブランケットに包まった俺は
列車の出発と同時にすぐに眠りについた。



翌朝、目覚ましの音で目を覚ます。
まだ列車は走っている。
車内は暗いが窓の隙間から少しずつ陽の光が感じられる。
もうそろそろマドゥライに着くはずだ。


斜向かいの棚には
眠そうにしながら頭を掻いているナベタク。


「あれ?おまえの席、向こうじゃなかったっけ?」


「いやぁ、なんか隣のおっちゃんが
 娘が寝るから
 おまえ、そこどけって・・・。」


家庭の事情で予約席をどかされるナベタク。
これが左手が不浄とされるインドで
左利きのナベタクが抱える業というものだろうか。


風除けの木の窓から
滲み込む光が濃くなるにつれ
列車は徐々にスピードを落とす。


6時半。
インドでは珍しく定刻どおり
列車はマドゥライ駅に到着した。






つづく