第3章 勝利も敗北も無いまま


朝、他の二人より早く目が覚めた。
興奮のせいか暑さのせいか
あまり深く眠れていない。


外は騒々しい。
駅が近いせいか列車の音が聞こえるし
エンジンの音やけたたましいクラクションも聞こえる。
宿も宿で
年中改装工事をしているのか
怒鳴り声やコンクリートを削る音が響いている。


タバコに火を点け
窓から顔を出すと
眼下にはヤシの木がそびえており
その木に登って葉を刈る色の黒い男を眺めているうち
あらためてインドに来たんだなぁという実感が湧いてきた。



そのうち2人が目を覚ましたので
ケネットレーンと呼ばれる路地に繰り出し
安食堂で朝食。
俺はチャイと
パラーターという折込式のインドパン。
U君とナベタクは
チャイと
マサラドーサーという香辛料で味付けしたジャガイモを包んだクレープ的なものを注文した。


さて、2日目、まずはチケットだ。
旅程は1ヶ月あるが
体力が落ちる中盤に余裕を持たせるため
今日、明日にはチェンナイを発って
マドゥライに向かいたい。



「ハウマッチ?トゥー チェンナイ・セントラル・ステーション?
 バイ オートリキシャー。」


朝食を済ませ宿に戻った我々は
宿のオヤジにリキシャーの相場を聞く。
大概の値段が交渉で決まるインドでは
相場の情報を仕入れることは実に有効なのだ。
もちろんその情報が誤っていることは多々あるが。


オヤジはニヤリと笑って
「40ルピー!」と答えた。


40ルピーか。
3人で40ルピーなら悪くない。




荷物は部屋に置いたまま外へ。
南インドの宿は24時間制
チェックアウト時間は今日の深夜3時だ。
傍の通りに出た我々は
すぐさまリキシャーを捕まえる。


「チェンナイセントラルまで。3人で40ルピーでどう?」


「オーケーだ。乗れ!」


あっさり交渉成立。
運転席のオヤジは
我々3人が乗ったことを確認すると
勢い良く足元のエンジンレバーを引き
アクセルを全開にした。


リキシャーはスクーターに屋根と座席がついただけの
簡易な造りのオート三輪だ。
その弱々しいオート三輪
チェンナイの道路を猛スピードで飛ばす。
道路はおよそ3車線。
およそ・・・だ。
車線があるのか無いのか分からないほど
その道路をリキシャーと車が埋め尽くしている。
その中でやつらはほとんどブレーキを使わない。
自分より少しでも遅い車が前にいれば
どんなわずかな隙間であっても
スピードを緩めることなくぶち抜くのだ。
道路からクラクションの音が消えることは無く
絶えずデッドヒート状態のレースが続く。


小刻みに揺れる狭い後部座席に3人。
窓なんて無いため
絶え間なく吹き込んでくる風と
排気ガスの匂い。
手の届きそうな距離にいる後ろの車と
実際手が届く隣の車。


この感覚・・・懐かしいな。
初インドで初めてリキシャーに乗ったときのことを思い出す。


耳を裂くクラクションの音と共に
またもや車をぶち抜くリキシャーの中で
俺は当時と同じことを考えていた。


これ下手すると死ぬな・・・。






つづく