第2章 エグモア、深夜  


深夜のチェンナイを滑走するタクシー。
速度メーターは壊れたままなのか
ずっと10キロ付近をゆらゆらしたままだ。
ガソリンメーターもほぼゼロ。
窓からの風は確かにインドの匂いがする。


再びチェンナイに戻ってきた感慨に耽っているうちに
タクシーは見慣れた景色に差し掛かっていた。


もうここは懐かしのチェンナイ・エグモア駅周辺だ。
ここまで来れば
目指すパレスロッジはすぐそこのはず。


市街地に入り速度を緩めるタクシー。
それを見計らったように
2匹の野良犬たちが現れる。
ここぞとばかりに吠えまくりながら
我々のタクシーを追っかけてくる野良犬たち。


完璧狙われてるぅ?!!


怖ぇ。怖すぎる。
狂犬病による死者は世界で年間およそ5万人。このうち3万人がインドでの犠牲者。発病したら最後、死亡率100%」
は有名な話。


早く宿に着かないかと
不安になっていると
運転手から衝撃の一言。


「ところで、お前らの言うパレスロッジってのはどこだ?」


いまさら?!
オーケーオーケー言いながら
走り始めたじゃん?!


「地図だとこの辺だと思うけど・・・。」


ガイドブックを見せながら説明するが
どうにも運転手には分からないらしい。


「おい、お前、パレスロッジってのを知ってるか?」


そのうち道行く人に
パレスロッジの場所を尋ねる運転手。


こんな深夜に町をうろうろしているインド人も気になるが
ガイドブックにも載っている地元の宿を知らない
タクシー運転手にもがっかりだ。


早くも雲行きが怪しくなってきた。


同じ様な場所をぐるぐる回るが
「オッ!ジャパニ!ここじゃないか?!」
と運転手が指差すホテルは
まったく名前の違うものばかり。


しかし、だからといって
この真っ暗闇の中
野良犬と町を徘徊する怪しいインド人に怯えながら
歩いて宿を探すというのも無理な話。


そのうちインペリアルという
ガイドブックで見かけたホテルが目に留まったので
ひとまずそこで降ろしてもらう。



ホテルインペリアルは
中庭に面してインペリアルの名前を関する安宿が立ち並ぶ
グループホテルだった。


ガイドブックによると
宿によって設備や料金が異なるらしいが
我々は正面にあった
インペリアル・シュプリームに泊まることに。


だが今は深夜3時。
宿の入り口は閉まっており
薄暗いロビーでは
5、6人の従業員と思しきインド人たちが雑魚寝をしている。


ほーう、寝てるねぇ。


もし、これが初インドだったら
こんなときどうしていいか分からなかっただろう。


しかし、前回のインド旅行で学んだことがある。
南インドの宿は24時間制。
つまり寝ている従業員は叩き起こしても
ノープロブレムなのだ。


前回マハーバリプラムで
タクシーの運転手がやっていたように
勢い良くドアを叩いて
寝ている従業員たちを叩き起こす。


一瞬びくっとして
目をこすりながら
ゆっくりと起き上がる従業員。


「ハロー・・・。・・・ルーム?」


「とりあえず部屋を見せてくれないか?」


我々は1階と4階にしか止まらない
ピンクのエレベーターに乗り
4階へ。
通された部屋はダブルベッドルーム
エアコン無し
水シャワー。
エクストラベッドを付けて
3人で700ルピー(1400円)。
ちと高いが1泊目だし
都会だし眠いしでそのままチェックイン。



部屋で荷物を降ろし
タバコに火を点けたころ
別の従業員がこれまた眠そうに
エクストラベッドと言う名の
薄汚いマットレスを持ってやって来た。


「あれ、枕は無い?」


ピロウズ?オーケーオーケー。ノープロブレム。
 ウェイトウェイト。」


天井には
ねっとりとした空気をかき回すだけの
木製のファン。
足が納まりきらない小さなダブルベッドに
俺とナベタク。
叩けば埃が舞いそうな薄汚いマットレスには
じゃんけんに負けたU君。


気温30度近く
湿度も相当なものだったが
そのうち長旅の疲れから
自然と眠りにつく。


結局朝になるまで
枕は来なかった。






つづく