最終章 ゴアのプールでバタフライ 


夜のビーチは最高だ。
それがゴアのであればなお格別。


星空の下
砂浜の上に置かれたテーブルとイス。
電飾と裸電球からのほのかな光。
そしてテーブルの上に並ぶ
新鮮な魚介類とキングフィッシャー・ビール。
バックミュージックは波の音と人々の笑い声だ。


風邪気味のO野峰も
風邪薬とビオフェルミンを乱用しながら参加。
我々3人のこの旅の総決算とも言うべき最後の晩餐は
大満足のうち幕を降ろした。


しかし!
まだまだゴアの夜は終わらない。


「もう1軒いくかーー!?」


さすがに体調が万全ではないO野峰は先に宿へ戻ったが
俺と中JOEの2人はもう1軒ハシゴすることにした。



ほろ酔い気分で
インドにしてはやけにおしゃれな門構えのバーに入ってみる。


店内には欧米のポップミュージックが流れ
こじゃれたソファとそれに見合うガラステーブルが置かれている。
客は欧米人ばかりだ。
そして驚くべきことに
ウェイターがベストなんか着てやがる。
さすがはリゾート地といったところか。


メニューを覗き
俺はインドビールを
中JOEはジントニックを注文。



まずウェイターが俺のビールを持ってくる。


良く冷えたビールだ。


次に中JOEのジントニックを持ってくる。


ジントニックを持ってくる・・・?


ジントニック・・・?


これジントニック??


テーブルに並べられたのは
コップに入った少量の液体と
トニックウォーターのビン。


この液体がジンってことか・・・?
それでこのトニックウォーターを混ぜるのか?自分で?
えっ?ジントニック、セルフサービス?!


・・・うん、まぁしょうがないか。
ここはインドだ・・・。
ノープロブレムだ・・・。


「ちょっとこれ虫入ってるんだけど?」


中JOEがウェイターに声を掛ける。


確かにグラスの中のジンには
小さな虫が浮いている。
ウェイターもそれに気づいたようだ。


「オーー、オーケーオーケー。ウェイト、ウエイト。」


ウェイターは特にびっくりしたような素振りも見せず
もちろん申し訳無さそうな顔すらせず
グラスに刺さっていたマドラーを使って
慎重にゆっくりと
ジンに浮いた虫をグラスの外へ導いていく。


そして慣れた手つきで
まるで指揮者のように
虫のついたマドラーを振り払い
満面のしたり顔で


「オーケー!ノープロブレム!」


それオッケーか?!
ほんとにこの店構えでそれオッケーか?!!


・・・・・


「チェック プリーズ。」


ビール1杯と
ジントニック1杯で
1時間ほど時間を潰した後で
我々は会計を頼む。


「いやぁ旅の終わりにうまいもんたらふく食って
 最後バーで締めるのもいいもんだね。」


「いやぁ結構過酷なこともあったけど
 最後リゾートっぽくなって良かったわ。」


「なんか旅が良い感じでまとまったよね。」


最後に感慨に耽っていると
ウェイターが明細を放り投げるように
テーブルに置いた。
明細を確認する。


ビール150ルピー。
うん、高いね。
酒屋で買うと60ルピーぐらいだから
高いことには高いが
店構えを考えると
まぁ仕方のないところだろう。


その下に
中JOEのジントニック


700ルピー。


・・・700ルピー?!


ジントニックが700ルピー?!!
700ルピー・・2100円?!
どこの六本木だ?!
ハンピで泊まった宿が3人で500ルピーだぞ?!
チェンナイからバンガロールまで6時間列車に乗って345ルピーだぞ?!
ちなみに内訳は
ジン350ルピー
トニックウォーター350ルピー。
ざっくりし過ぎだろ!!?
自分で作るジントニックが700ルピー?!
虫が入ってるジントニックが700ルピー?!
ボッタくりじゃねぇか!!


・・・・・


まさか、旅の最後ここへきて
ボッタくられるとは・・・。


宿への帰り道
俺と中JOEは憤慨しまくりだった。


「700ルピーって無くね?!」


「しかも虫入ってんだぜ?!
 交換もしねぇーのあいつ!!」


「虫とってノープロブレムは無いよなぁ。
 しかもジントニック自分で作らなきゃだし。」


「もう、俺泳ぐわ!!」


「えっ?!」


中JOEは宿に到着するなり
部屋に戻らずにパンツ一丁になった。


そして恐る恐る宿の中庭のプールに入る。


「おーー気持ちいいー!
 ちょっと寒いぐらいだわ。」


「中JOE!バタフライいっとこう!
 バタフライ!!」


「おぉ!そういえばインドだしね!!」


「ガンジス河で無くても
 バタフライは出来る!」


そう、ガンジス河で無くとも
バタフライは出来る。
ヴァラナシは確かに面白いが
南インドも充分面白い。
いや、むしろ俺は南インドのほうが好きなのかもしれない。
そのことを発見したような今回の旅であった。


『ガンジス河でバタフライ』ならぬ
ゴアのプールでバタフライ。


中途半端なプールサイドの照明を補う月の光。
夜に響く犬の遠吠えと水を掻き分ける音。
プールサイドで中JOEを見守りながら
これが初海外、初インドの彼にとって
思い出深い旅になっていればいいなと
偉そうなことを考えたりもする。


「うぉーーー寒ぃーー。
 意外と冷えたな・・・。」


中JOEがプールから上がってきた。


「それじゃ部屋に戻るか。」


「おぉ。早くシャワー浴びないと風邪ひくよーー。」



あとは部屋のドアを開ければ
今日が終わる。
今日が終われば
明日、列車に乗ってムンバイに向かい
国内線に乗ってデリーへ。
そしてデリーで国際線に乗り
明後日には日本だ。
インドで
この3人がひとつ屋根の下で眠るのも
今夜が最後。


旅が終わる。


「いつ日本に帰るんだ?ジャパニ?」


デリーなど国際線の空港を持つ街で良く聞くセリフだ。


旅の終わりを考えるとき
いつもぽっかりと胸に穴が空いたような
寂しさに見舞われる。
使い回された表現だが
まさにそんな気分になるのだ。


だが、「帰る」ということ
いつかきっと終末が来て
そこで足跡を振り返ることが出来るということ。
それも旅の良いところなのかも知れない。
1週間の旅だろうが
1年間の旅だろうが
帰る場所がある。
帰るべき場所があるのは
素晴らしいことだ。



・・・ってあれ?
部屋・・・鍵かかってる・・・。



「あいつ鍵かけたまま寝ちゃったんじゃね・・・?!」








NAFのパウのインド旅行記【第3部】 ― 完 ―