第16章 ホスペットの朝 


朝のホスペットは
意外なほど涼しかった。
いや、むしろ肌寒いくらいだ。
ここへきて風邪をひいてしまったO野峰は
エアインディアの機内から拝借してきた毛布を
身体に巻きつけている。


午前6時。


我々は朝5時に起き
6時半出発の列車に乗るため
ハンピからホスペットの駅に来ていた。


問題は列車に乗れるかどうかだ。


チケットを持っていることには持っているのだが
WL、ウエイティングリスト、
いわゆるキャンセル待ちの状態だ。
大概繰り上がって乗れるものだが
今回ばかりは分が悪い。
ほぼ希望の見えない185人キャンセル待ち。


半ばあきらめ顔で
駅員にチケットを見せる。


受け取った駅員もチケットに書いてある185という数字を見て
顔をしかめる。


やはり無謀なのか・・・。


老眼鏡をかけ
エイティングの繰上がりが書かれた帳簿をめくる駅員。


1枚・・・


2枚・・・


3枚・・・


無いのか・・・?


その時
駅員の眼が大きく見開かれる。


握られたペンが
チケットの上ですばやく踊る。


チケットに書き込まれた
座席番号S5車両の8番!10番!11番!!


乗れる?乗れるのか?!


顔を上げ
親指を立てる駅員。


奇跡の185人繰り上がり!!


「サンキュー!!」


喜び勇んでホームに向かう我々を
駅員が呼び止める。


「待て待て!ジャパニ。」


「えっ?なに?」


「列車はまだ来ない。
 2時間遅れだ。」


2時間遅れ?!
5時に起きた意味無いじゃぁん。


「ボス、飯でも食おうぜぇ〜。」


朝一の眼を疑うような不機嫌ぶりを
やっとのことで脱したダラーの提案で
近場の安食堂で朝食を採ることに。


イドゥリ、ラッサム、チャーイと
豪華な朝食を採るダラーに対し
チャーイだけで朝食を済ますウィクラム。


ここでもウィクラムは倹約家だ。
前に聞いた話だが
彼は稼いだお金のほとんどを
ハンピより更に田舎に暮らしている
妹に仕送りしているらしい。
うーーーむ
宵越しの金をほとんど持たないダラーとはえらい違いだ。


そんなウィクラムへバルフィのお返しとして
日本から持ってきたカラフルなボールペンをこっそりプレゼント。


「ほんとか?ほんとにもらっていいのか?!
 サンキュー!!これは妹に送るよ!
 ・・・ダラーには内緒にしとかないと。
 全部取られちまうからな。ハハハッ。」



結局、列車は9時を過ぎてやっと出発。


わずか1泊のハンピだったが
いろいろな人が駅で見送ってくれた。
もちろん実際は我々を見送りに来ていたわけではなく
客引きや仕事のために駅に集まっているだけではあるが
それでもこういった一期一会は嬉しいものだ。


寂しそうなウィクラム。
ぜんぜん寂しそうに見えないダラー。
昨夜ダラーと喧嘩していたおっさん。
ウィクラムの友達の新聞売りの少年。
まだ8歳ぐらいだろうか。
こんな朝早くから働いているのか。


その中に目立つ顔がひとり。
偽バースだ。


「俺のボスはいつでもあんただからなぁぁぁぁ。
 次はぁ俺のリクシャーで頼むぜぇぇぇ。」



売り物の新聞を抱え
最後まで手を振ってくれる少年。


「ハッピージャーニー!!」


いつもどおり
列車は名残を惜しむようにゆっくりと走り出し
また違うインドへと向かう。
旅のハイライトはいつも列車だ。









つづく