第15章 ダラーとウィクラム ― in HAMPI 5 ―


薄い雲の隙間から溶け出した太陽が
零れ落ちるように山際に吸い込まれていく。


ダラー、ウィクラムツアーの締めは
村のはずれの高い丘から眺める
ハンピの夕焼けだった。


西の空が朱色から徐々に暗みがかるのを眺めながら
たわいも無い会話を繰り広げる。


「そういえばお前ら面白いゲームをやってたな。
 あれだ。どのリクシャーに乗るか決めるときだ。」


ゲーム?
「じゃんけんのことか?こうやってこうやってた・・・。」


「そうそれだ!指をこうして・・・。」


じゃんけんに興味を持つダラー。


O野峰がじゃんけんの仕組みを教える。


「これがグー、ディス イズ グー。これがチョキ。で、これがパー。」


「オー、チョキ・・・!」


ぎょろりとした大きな眼を輝かせてウィクラムも食いついてきた。


「これでどうやって戦うんだ?」


「いいか?パーは紙だ。ペーパーだ。チョキはハサミだ。
 ハサミは紙をカット出来るから・・・ほら、チョキが勝つ!」


「オー!チョキ イズ ウィン!!」


さらに眼を輝かせるウィクラム。
逆にダラーの眼からは光が消えていく。


「そして、グーは石だ。石のグーがチョキと戦うと・・・」


「ところでジャパニーズガールを落とすにはどうしたらいいんだ?」


O野峰の説明に割って入るダラー。
こいつもう飽きたのか・・・。


その後簡単な日本語講習会を開き
完全に陽が落ちきった頃
村に戻るため我々は再びリクシャーに乗り込んだ。


「よし、それじゃあ警察に行くか。パーミッションをゲットだ。」


「ところでそのパーミッションって今更必要なのか?
 俺らもう明日にはハンピを発つんだけど。」


振り返ったダラーは
真剣な顔つきで説明を始める。


「なんだお前ら知らないのか?
 パーミッションが無いとハンピではビールが飲めないんだぞ?!」


はぁ?
パーミッション・・・
・・・飲酒許可証か?!


インドではイスラム教徒居住区や
ヒンドゥー教の聖地
あと州によっては
許可証が無いと外国人でも酒を飲めないことがある。
ここハンピもそうなのか。


「いや、俺ら別に今日飲まなくてもいいぜ。」


その言葉に大袈裟にびっくりするダラー。


「なに?!飲まないのかジャパニ?!
 まぁ、いっか。それもオーケーだ。
 どっちみち警察の近くにこっそりビールを売る店があるんだ。
 ひとまず行くぞ!」


それお前がビール飲みたいだけじゃん・・・。


そうこう言っているうちに
リクシャーは警察署前の広場に到着。


「それじゃビールを買ってくる。ちょっと待ってろ。
 ウィクラム!すぐ出発できるよう準備しとけよ!」


リクシャーを飛び降り
駆け足で宵闇の中に消えて行くダラー。


「ちょっと待っててくれ。」


ウィクラムもゆっくりとリクシャーを降りる。



戻ってきたウィクラムは
手にお菓子を持っていた。


「これはバルフィというお菓子だ。
 俺はこれが大好きなんだ。
 だからお前達にもぜひ食べてみて欲しかった。」


ウィクラムがおごってくれたバルフィは
甘く、やさしい味がした。


そのうちダラーが新聞紙に包まれた怪しいビンを持って
駆け足で戻ってくる。


「ヒャハハハハ!!!ビールを手に入れたぜーーー!!
 ウィクラム出発だ!出せ出せーーー!!」


逃げ帰るように広場を後に。


大音量でインドポップスを流し走る
我々を乗せたリクシャー。


寡黙に運転を続けるウィクラムの横で
ダラーはビールをラッパ飲みしながら上機嫌だ。


「こいつ酒が飲めないんだよ。情けないやつだぜ、ハハハ!!」


そう言いつつ無理くり運転中のウィクラムに酒を勧めるダラー。
渋々ビールを一口飲むウィクラム。


「おっとやべぇ。そろそろ村のゲートだ。」


そうつぶやくとダラーは
ビールのビンを草むらに投げ捨てた。


程なく宿に到着。
ダラー、ウィクラムと別れ宿の屋上で夕食をとる。



夕食後、部屋に戻りくつろいでいると
外が騒がしくなってきた。
時には怒声も聞こえる。


「なんだなんだ?」


ドアを開け外の様子を伺うと
宿の目の前、裸電球に照らされた広場で
村人達が円になっており
中心でダラーとおっさんが大声で口論しているところであった。
その両者をなだめるウィクラム。


「あいつ、なにしてんだ?」


「多分こんな夜に爆音で音楽流してたから怒られてんじゃねぇ?」


「しかも酔っ払ってるしな。」


「ウィクラムも大変だねぇ。」


数分で騒ぎは収まったが
ダラーのトラブルメーカーぶりと
ウィクラムの苦労者ぶりが深く印象に残った一日であった。



さて、毎晩恒例のエクストラベッド決定じゃんけんの時間だ。


この宿も大きなダブルベッドがひとつと
エクストラベッドという名の薄汚いマットレスがひとつ。


「じゃんけん、ぽん!!!」


・・・・・


「おっしゃー!!」


「相変わらず弱ぇぇぇ!」


もちろん今夜も負けたのはO野峰。
ここまで全行程エクストラベッドだ。
まさにエクストラベッドに魅入られた男。


「いやぁしかしほんと弱ぇなぁ。」


「このまま最後までエクストラベッドじゃね?ははは!!」


その時部屋のドアがノックされる。


「ん?なんだ?」


開けてみるとダラーが。


「おい、お前らもっと静かにしろ。
 もう夜だぞ。
 他のお客さんもいるんだし。
 わかったな?グッドナイト!」


・・・・・
え〜?!!お前が言う??!









つづく