第5章 ミールス・ミールス・ミールス


車窓からの景色というのは
実に美しく赴き深く
時に物悲しい。
インドに至っては正にそうだ。
それはバスからの景色とて例外ではない。


大都市を1歩遠ざかれば
すぐに道路脇にサトウキビ畑が広がり
椰子の木が風に踊り
時折、海面に反射した光が眼を焦がす。
レンガ造りの家の前で
ある女性はサリーの裾を絞り洗濯をし
ある女性は井戸から水を汲む。
子供達は自転車のチューブを
棒で転がし遊ぶ。


我々はインド人でごった返すバスの最後尾に窮屈に座り
マハーバリプラムからチェンナイに向かっていた。



マハーバリプラムをひと通り歩いた後
我々は地面に雨の跡の残る賑やかな広場にやってきた。
バスが何台か出入りしているところを見ると
ここがバス乗り場なはずだ。


その辺の男に声を掛ける。


「チェンナイに行きたいんだけど・・・。」


男は目の前のバスを指差した。


「これだ!これ!!ディスワン!!」


そして強引に我々をバスに詰め込もうとする。


「乗れ!!乗れ!ジャパニ!!」


え?あ、乗るの?乗る?乗っちゃうか?!


我々が乗り込んですぐに
バスはエンジン全開で出発した。


出発後、白いYシャツを着た別のインド人が近寄ってくる。


「ヘイ!マニー!マニー!」


マネー?金?
あ、切符?!
あー出す出すちょっと待って。


マハーバリプラムの思い出に耽る間も無く
バタバタとした出発となってしまったが
車窓の景色と窓からの心地よい風を浴びているうちに
バスはチェンナイに到着した。


バス乗り場からリキシャーを捕まえ
セントラル駅がある新市街に向かう。


やはりチェンナイは都会だ。
道路事情は最悪。
車間距離は1メートルにも満たず
皆が皆自分の存在を示す為クラクションを鳴らしっ放し。
周囲には排気ガスが立ち込めている。


20分ほどリクシャーに揺られ
駅前に到着。


駅の近くにあった
州経営の宿タミルナードゥにチェックイン。


さて腹も減ってきた。


「俺の行きつけの店でも行く?!」


『俺の行きつけの店』とはチェンナイ・セントラル駅の隣の通りにある
地元民でごった返す安食堂である。
清潔感はゼロだが
観光客向けでない味や店の雰囲気に
初インドの時にいたく感動したものだ。
今回行くので2回目で
当然行きつけでもなんでもない。


日本の真夏を超える日差しの中
駅横の通りを歩いていくと
その店はあった。


若干改築されているようで
コンクリート部分が増えている。
儲かっているのだろうか。


店内には木のテーブルが並べられ
今日もたくさんのインド人達が
バナナの葉に盛られた
ミールス、いわゆる米と数種のカレーの定食を
汗だくになりながら食べている。
その汗が蒸発しているせいじゃないかと思えるほど
店内はもんもんと蒸しかえっており
テーブルの間を米や具を入れた缶を持った少年が
これまた汗だくになって
忙しなく歩き回っている。


我々は空いているテーブルに座り
店員が寄ってくるのを待つ。


が、来ない。


相変わらず従業員の少年達は
我々の周りを忙しそうに行き来するばかりだ。


店の奥にある水道で手を洗ったりして
さらに待ってみるが
やはり来ない。


さすがに待ちきれず
少年が我々のテーブルを通り過ぎようとしたときに声を掛ける。


「ワット?」


振り返る少年。


ミールスプリーズ。」


ミールスをオーダー。


「ノー!」


首を振る少年。


えっだってみんな食ってんじゃん。


ミールス無いの?!」


「ノー!」


「えっ?やっぱあるんでしょ?!じゃあミールスを。」


「ノー!」


えっ?どういうこと?
あるの?ないの?!


困った顔をして
レジの方を指差す少年。
レジの上にはメニューが書かれている。


「いや、だから他のメニューじゃなくてミールスを・・・。」


「ノー!・・・マニー!ペイ、マニー!!」


マネー?
いやまだ食ってないんだけど。


さらに困った顔をする少年。
同じく困った我々。


そのうち他の少年や
大人達も集まってくる。


その中の大人の店員が
レジを指差しながら説明を始める。


「ジャパニ、ペイマニー、ゼアー。」


いや、だからまだ食ってない・・・。


説明を続ける店員。


「アーーー、ペイ、マニー。
 アンド、チケット。チケット。」


チケット?
チケット・・・
・・・チケット!!
食券か!?


「オーケーオーケー!センキュー!!」


食券制になったのかこの店・・・。


レジで代金を支払い
食券を貰い
やっとのことでミールスをオーダー。


店員も我々を気に掛けてくれていたのか
注文後すぐにバナナの葉が
一人一枚テーブルの上に広げられる。


葉の上にステンレスのコップから
水が数滴垂らされ
店員が手で2、3往復払って
バナナの葉の洗浄終了。
その上から米がドサッと落とされる。
今度は具を持った少年がやってきて
ポリヤル、サンバルといった日本人が言うところのカレーが
ドボドボと米にかけられる。


右手で具と米をグチャグチャとかき混ぜ
そのまま指先に乗せて口に運ぶ。


美味い!!
やっとインド飯にありつけたという感動が巡る。


右手で食の触感も楽しみながら
食事を続ける。
左手は昨日のトイレで既に不浄化。
絶えず我々の食事を
狙ってくる蝿を振り払うのに使うことにする。


米や具が少なくなっても大丈夫だ。
待ってましたとばかりに
いくらでも米や具が上から落とされる。


これがインド流。
客が満足するまでいくらでも食べさせてくれる。
こりゃ店員は大忙しだ。



腹いっぱいになるまでこの国でしか食えない美味い飯を食い
外に出て
涼しい風が頬の汗を拭ったとき
これもひとつの幸せだな
と、ふと思った。









つづく