第4章 Like a Rolling Stone


海外において
特にインドの田舎のような衛生環境が万全ではない地域において
生水、またはその生水から作った氷は
いささか危険である。


コレラ赤痢こそ最近は聞かなくなったが
それでも旅行者の大半は
生水、もしくは氷で当たる。
ジャワ島で喰らったアイスコーラは俺、O野峰の記憶に新しいはずだし
あのインドで下痢無しの頑丈なM上ですら
ギリシャで調子に乗って生水を飲んで当たっている。


にも関わらず
シーブリーズホテルのガーデンレストランで
早くも砕いた氷盛りだくさんのフレッシュジュースを注文する
インドはおろか海外ですら初体験の中JOE。
そして
それに便乗するO野峰。
こいつら大丈夫だろうか。



ヨーロッパスタイルの朝食をたいらげた後は
宿をチェックアウト。


海に向かう。


昨日の雨は上がり
曇り空からわずかだが光が漏れている。
海までの道にはぽつぽつとみやげ物屋や民家が立ち並び
ところどころには大きな水溜り。
路地端に並ぶヤシの木や
ゴミ捨て場に群がる親子の野良豚
我が物顔で道の真ん中を歩く野良牛などを見ると
やはりインドに来たんだなぁということを実感させられる。


静かな町だ。
チェンナイやデリーのような喧騒は無く
たまにバイクが通るくらいで
リキシャーのクラクションや
うるさい客引きの声も聞こえない。
我々の話し声、リュックの揺れる音、
足音、
鳥の鳴き声、風の音。
そんな音だけが良く響く町だった。


そのうちその静かな町の音に
波の音が加わってきた。


海だ!!


久しぶりに臨む水平線。
右手には美しい芝生が広がっており
芝生はゆるやかに砂浜へと繋がる。
海と芝生と砂浜のコントラスト。
その中央には石造りの寺院が見える。


あれが海岸寺院か。


海岸寺院に近づくにつれ
雲行きが変わり
パラパラと霧雨が降ってきた。


霧雨に濡れた海岸寺院。
1400年もの間
海風にさらされてきた寺院が
今は雨にもさらされている。
切なさというか
寂しさというか
波の音と風の音だけが響く静けさも手伝い
郷愁にも似た想いがふと巡った。



海岸寺院を離れると
空はまた晴れてきた。
そして空が晴れると共に
単純なことにテンションも上がる。


次はクリシュナのバターボールとやらでも見に行こうか。


海岸寺院から5分ほど歩き
壁一面に彫られた
アンジュナの苦行と呼ばれる
細密なレリーフを見た後
さらに右手に進んでいくと
左手になだらかな斜面が開けた。
その斜面の途中に
8畳の部屋いっぱいはあろうかという巨大な丸い岩が見える。
この今にも斜面を転がり落ちそうな丸い岩が
クリシュナのバターボールというものらしい。


なるほど、不思議な岩だ。
全力で物理法則に逆らっている。


我々は
斜面の下側からその岩に両手を当て
あたかも岩が転がらないよう
下から受け止めているような絵を写真に収める。


そんなお約束の写真撮影をしていると
インド人の少年2人組が声を掛けてきた。


「違う違う!そんなんじゃダメだ。ジャパニ、俺がやるのを見てろ!」


白いシャツを着た少年はそう言うと
バターボールに颯爽と両手を添え
顔をしかめ
両腕を震わし
足を踏ん張り出した。


「ヘルプ!ヘルプ!お前も手伝いに来い!!」


もう一方の赤いシャツを着た少年も呼び寄せ
2人で精一杯岩を支える。
もとい、支えているように見せる。


迫真の演技だ。


「どうだ?!ジャパニ!!今だ!!撮れ!撮れーーー!!
 ぐあーー重い!!重いーーー!!フォト!!フォトーーー!!!」



・・・え、あ、うん・・・。
あ、はぁい・・・撮りますよーーー。









つづく