第23章 Beside Yogi Lodge


この季節のヴァラナシは
依然訪れたときよりも涼しい気がした。
気温は30度を超えているだろうが
ガンガーからの風が心地よく
日本の初夏のやわらかさに似ていた。


屋上での昼食を終えた後
M上は再び町へ繰り出しが
俺は大事をとって部屋で休むことにした。



しばらくはバッタの居ない清潔なベッドに横たわっていたが
ふと、日差しと風を浴びたくなり
部屋の隅のドアを開ける。


あ・・・。
サルだ。


部屋に隣接されたベランダスペースに出てみると
サルが今まさにM上の洗濯物を盗み出さんとしているところであった。
・・・どうしようか。
日本なら当然即座に追っ払うところだが
・・・いや、日本でそんなに野良ザルなんか見かけないか・・・。
ともかく意外と知られていないが
発症後は致死率100パーセントを誇る狂犬病
犬だけではなく猫や牛、そしてサルなどからも感染する。
全世界の狂犬病による死亡者数は年間5万人。
うち3万人を占めるのがここインドである。
軽率な行動は避けたい。


とかなんとか考えているうちに
サルはベランダから隣の木に飛び移り
颯爽と去っていった。



白い石造りの屋根伝いを
軽快に飛び跳ね回るサル達を眺めながらタバコをふかし
また部屋に戻るとちょうどM上が戻ってきた。


なにやらゴキゲンらしく
口笛を吹いている。
BIGINの『島人ぬ宝』だ。


「おい、ちょっと出ようぜ。モヌーでも探しに。」


モヌーか。
あれから4年経つ。


M上に騙され初海外で初インド。
そしてここヴァラナシでモヌーという15歳の少年と出会った。
彼はタブラというインドの打楽器のプロ奏者になるのが夢だと語っていた。
彼は今どうしているだろうか。


そう、あれから4年経った。


M上の提案に乗り
4年ぶりにヴァラナシの裏路地に向かうことにする。


町は相変わらずであった。
聖と俗とが複雑に絡み合う喧騒と秩序だった混沌の町といったところか。
人とすれ違うたびに
マリファナー?チョコー?ハシーシー?
マッサージ?ボート?シルーク?
ノータカイ!ミルダケ!ノープロブレム!!


そこら中にゴミ、生花、神様の像、牛の糞。
狭い裏路地の行く手を阻む牛、牛、牛。


「確かこの辺じゃなかったか?」
狭い路地を幾度も抜け
見覚えがある風景に差し掛かったとき
M上が振り向いた。


確かにこの辺だ。
いや、この店なんてまさにモヌーの家じゃ・・・。
店といっても家の窓枠を使って
小物を売っているだけだったはずだから
その窓枠に向かって声を掛けてみる。


「ヘイ、モヌー?!」


返事はない。
出かけているのだろうか。
・・・それとももうここには居ないのだろうか。


「その辺のやつに訊いてみようぜ。」


辺りを見回すと
丁度良く坊主頭の青年が立っていた。


「モヌーって言うやつ知らない?」


「ノー。」


知らないらしい。


「ここの家に住んでたやつなんだけど?」


「アイドンノウ。」


やはり知らないらしい。
しかしこの青年どこかで・・・。
というかモヌーの面影が・・・。


俺はもう一度声を掛けてみる。


「おまえ、モヌーじゃない?」


「アイドンノウ、モヌー。」


違うらしい。いや、でもモヌーな気が・・・。


「いや、実はモヌーじゃない?!」


「ノー。アイドントノウ、モヌー。」


やはり否定する少年。


うーーーん、しかしなにか引っかかる。
振り返りM上に
「こいつモヌーに似てねぇ?!」と
話しかけた瞬間だった。
背後から青年に思いっきり肩を叩かれる。


え?!


唐突な出来事に驚き振り向くと
青年の顔には満面の笑み。


「ウソだよ!!俺だ!!モヌーだ!!!
 アイ、ノウ、モヌー!!アイ、アム、モヌー!!!ハハハハッ!!」


大笑いする青年とM上。


一瞬なにが起きているか解らなかった。


どうやら2人に話を聞くと
この青年は確かにあのモヌー。
2人は俺が宿に居るあいだ既に再会していたらしい。
モヌーはM上のことを覚えていて
そして俺のことも覚えていてくれていて
「もうひとりのでかいやつはどうした?一緒じゃないのか?」
「いや、一緒だけど今ホテルで寝てる。」
「よし、今から何も知らない振りして連れて来い。」
そんなわけでまんまと2人に一芝居打たれたわけである。


「このやろう!騙しやがって。何回モヌーのこと聞いてもアイドンノウだったじゃねぇか。」


「そのほうがおもしろいだろ!ハハハッ!!」


「ところで元気か?最近どうしてる?」


「おおおーー。これを見ろ!!ルック!ルックディス!!」


モヌーは家の壁に張ってある看板を
威勢よく叩いた。


看板にはタブラを叩くガネーシャの絵が描かれており
『モヌー・ミュージック・アシュラム』
『コンサート&レッスン』
と書かれてある。


話を聞くと
芸術分野にも多数逸材を輩出している名門バナーラス・ヒンドゥー大学に通いながら
家でタブラのコンサートやレッスンを行っていると言う。
4年前、「俺は絶対にプロミュージシャンになる」と豪語していた少年は
確かな、そして大きな一歩を踏み出していた。


やるじゃねぇかこのやろう!!


4年の歳月を経て
我々3人は再会した。
しばらくはモヌーの家の前
笑い声が絶えなかった。
月日は色褪せると言われたり
歳月は人と人とを疎遠にすると言われたり
それでも小説家や歌唄いは「色褪せない」と叫んだりしている。
ただ、そんな感覚も少し解る気がした。









つづく