第21章 VARANASI IN THE NIGHT


車はヴァラナシのゴードウリヤー交差点に到着し
我々はそこで車を降りた。


料金を支払うにあたって
メガネの男は例のごとくお釣りが無いとか言い出しやがったが
もう争う気力も無いほど体調は悪化の一途を辿っていた。


早く・・・早く宿を探さなければ。


時間帯のせいだろうか
ゴードウリヤー交差点はリクシャー、タクシー、人、荷馬車、牛でごった返しており
我々はけたたましく鳴り響くリクシャーのクラクションを背に
ひとまず河があるほうに歩き始める。


気が付けば
ホテルの客引きが声をかけて来ていた。


「ヘイッ!ジャパニ!!ホテェル?チープホテェル!!」


もうどこでもいい。
連れてってくれ・・・。


料金交渉はおろか
ホテルの名前や場所すら訊くことも無く
我々はその客引きの男に付いていく。


意識は熱にほだされながらも
夜のヴァラナシに少なからず心は躍った。


町中に散らばった白熱電球の光が
聖なる河ガンガーからの湿った風と
町中で巻き起こる砂煙に反射され
細かく砕けた光の霧の中を彷徨っているような
実に幻想的な光景を生み出している。


いや、ただ単に俺の体調が悪かったために
そう見えただけかも知れない。
それほどに体調は悪い。



しかし、さっきからどれだけ歩いてんだ?
どこの安宿であろうと河沿いのはず。
こんなに歩くはずはない。


意識が朦朧としてきた。
どの景色も同じに見える。
この建物もこの道もつい先程も見た気がする。


ふいに我々を先導していた客引きの男が振り返る。


「ソーリー。道を間違えたみたいだ。」


・・・死んでしまえ・・・!
本当にさっき見た景色じゃねぇか・・・。



5分か10分か30分か・・・
牛の匂いと人々の熱気でむせ返すヴァラナシの裏路地を
どれほど歩き回ったかも良く覚えていない。


混濁する意識の中で
到着した宿は
プージャ・ゲストハウスであった。


ブッダ・ガヤーで泊まった宿の名も
プージャ・ゲストハウス。
何かの縁だろうか。
こんな話どっかであったな・・・。


ロビーで散々待たされた挙句
案内されたのは薄暗いダブルベッドルーム。
バスルームにバッタやコオロギが溢れ返っていたのが少し気になったが
他に部屋は空いていないらしい。
今から別の宿を探す体力も気力も無い。
我々はそのバッタ部屋に泊まることにした。


この国に来ると
あらゆる出来事に精神を研ぎ澄まされていくような感覚に陥ることがある反面
様々なことに鈍感になってしまう。


俺はベッドの上に居座っていたバッタを手で払いのけ
倒れ込むように横になり
そのまま深い
深い眠りに落ちていった。




目が覚めるとM上は居なかった。
どこかに出かけたのだろう。
何時だろうか。
朝か昼なのは間違いない。
ベッドの上には
M上か俺が寝ている間に潰したであろうバッタとコオロギの死骸がいくつかあった。


体調は多少良くなっている。


ひとまずトイレに行こう。


バスルームのドアを開けようとした瞬間
今まで経験したことのない異様な違和感があった。


バスルームに入ろうとしているのに入れない。
ドアが閉まっているからだ。
ドアを開けよう。
いや開かない。
「ドアを開けてバスルームに入る」という俺の意識が
何かに遮られている。
ドアに?
いや・・・
・・・俺の右腕だ。


下痢対策のため絶食し
体力の落ちた中で天井のファンに一晩中
熱を奪われていたせいだろうか。
視線の先には俺の意識にまったく反応しない
血の気のひいた右腕がぶらさがっていた。


やべぇ。
右腕がぜんぜん動かねぇ。
つうかまったく感覚がない。
俺のモノじゃないみたいだ。



トイレ行きたいのになぁ・・・。



この国に来ると様々な事象に鈍感になってしまう。









つづく