第20章 TO VARANASI  


空が次第に重くなっていく。
陽が落ちきる前にここから移動しなくては・・・。


確かここムガル・サラーイからヴァラナシへは
リクシャーで行ける距離だとガヤーの駅員が言っていたはずだ。
しかし問題は・・・
手持ちルピーがゼロ。
ドルも10ドル札が数枚とあとは高額紙幣のみ。
1ドル札、5ドル札とも無い。
果たしてこんな田舎でドル払いなどできるのだろうか?


とにかく交渉してみないことには始まらない。
我々は駅前でたむろしているリクシャーワーラーの群れに突っ込む。


「だれかヴァラナシまで行ってくれないか?!ドルしかないんだが・・・。」


が、答えはノー。
やはりドル払いは厳しいらしい。


我々が年配のリクシャーワーラー達と交渉を続けていると
そのリクシャーワーラー達の背後から
ヘラヘラとした若いインド人が
ひょっこりと顔を出した。


「ハロー!!ジャパニ!!
 どうした?!どこに行きたいんだ?ははは。」


はにかんだ口元から妙に明るい声を発する男。
くたびれたYシャツを着
細いメタリックフレームのメガネをかけている。
声色とは裏腹に
顔は疲れきっているように見えた。


「ヴァラナシまで行きたいんだけど。」


「ヴァーラーナスィー?100ルピーだ!ベリーチープだ。ははは。」


不自然なほどよく笑う男だ。


「いや、ルピーを今持っていないんだ。ドル払いでも大丈夫か?」


「オーケーオーケー。8ドルでどうだ?ははは。」


高っ!8ドルといえば3〜400ルピー分ではないか。


「高すぎる!なんで100ルピーって言ってたのにそれが8ドルになるんだ?!」


「ん〜〜?だってお前らルピー持ってないんだろ?!ははは。
 じゃ仕方がないじゃないか!ははは。
 俺だってホントはアメリカのドルなんて嫌なんだ。ははは。」


・・・足元見やがって。


ヘラヘラした男と話しているうち
他の年配のリクシャーワーラー達は
煙たそうな顔をして去っていってしまった。
ドルしか持っていない以上
どっちみちこいつに連れて行ってもらうしかなさそうだ。


ただ、8ドルはあまりに高すぎる。
そこからもう少し粘り
5ドルで交渉は成立した。


「こっちだ。ははは。」


男に招かれるまま駅舎の裏まで付いて行くと
そこにはリクシャーではなく古びた白いワゴンがあった。


こいつタクシードライバーか。
男が近づいて来たときに
他のリクシャーワーラー達が怪訝な顔つきになったのも解かる気がする。
インドではなぜかリクシャーワーラーよりタクシードライバーのほうがえらそうなことが多い。
カースト差のようなものでもあるのだろうか。



夕闇のなか男の白いワゴンが走り出す。



10分ほど走っても辺りはまだ暗いまま。
陽はもうほぼ山の向こうに消えてしまった。
ヴァラナシまではそこそこの距離があったようだ。
リクシャーだときつかったかもしれない。


ぼこぼことした田舎道を走っている間
心なしか再び体調が悪くなってきた気がする。
・・・いや、確かにこれは熱がある。



20分ほど走っただろうか。
目の前の闇の中に
ぽつぽつと黄色い光が灯ってきた。


ヴァラナシが近い。


熱のせいだろうか
それとも季節のせいだろうか
周囲は霧がかって見え
その中に浮かぶ町の灯りが
やけに幻想的に思える。



やがて
光の渦とまではいかないものの
さらに周りが明るくなり
大きな河が見え始めたころ
運転席の男が振り返った。


「ヴァーラーナスィーだ。」


向こう岸の市街地に向かうため
河に架かった大きな橋を渡る。


橋の中ほどで
先程までのヘラヘラした表情とは打って変わり
驚くほど真剣な表情でお祈りを始める運転席の男。
まぶたを閉じ
頭を垂れ
振動で小刻みに揺れるハンドルの上で両手を合わせ・・・。
ここでもまたこの国における宗教の重大さを
再認識した気がした。


・・・・・
まぶたを閉じ・・・?
両手を合わせ・・・・・?


あぶねぇーーーー!!
運転しろ運転をぉぉぉぉぉぉ!!!




橋の下
河が流れる。
4年前と同じ
幽麗さをもって。








つづく