第19章 Crime and Punishment


「おい・・・。」


「おい・・・おい・・・起きろ・・・。」


蒸し暑い列車の中
M上の呼び声で目を覚ます。


どうやら間もなくムガル・サラーイに到着するらしい。


荷物置き場に横たわっていた俺は
自分自身を確かめるようにゆっくりと身体を起こした。
まだまだ身体は重いが
少し寝たことで多少体調は良くなっているように思われる。


「ヘイッジャパニ!大丈夫か?」


車掌から我々をかくまってくれていた若い男が
心配そうに声をかけてきた。


「・・・まぁ大丈夫だ。慣れてる。」


インドで体調を崩すことに慣れている俺。・・・嫌過ぎる。



程なく列車はムガル・サラーイ駅に到着した。


このままデリーに向かう若い男たちとはここでお別れだ。
兎にも角にも彼らが最後まで車掌を遠ざけてくれたおかげで
我々は2等自由席のチケットしか持っていないにも関わらず
このスリーパークラスの車両に居座ることができた。
ガヤーでのヨーグルトのせいで体調こそ崩したものの
無事、ムガル・サラーイ駅に到着することができたのだ。



・・・いや、どうやら
そう旨く事は進まないらしい。


列車からホームに降り立った瞬間
目の前には眉間に目一杯しわを寄せた
先ほどの車掌が。


「ヘイッジャパニ!!チケットを見せろ!!」


当然といえば当然だが
どうやら我々は思いっきり怪しまれていたらしい。


黙ってチケットを渡す。


「なんだこれは?!2等自由席のチケットじゃないか?!
 ここはスリーパークラスだぞ?!」


「・・・ソーリー・・・。」


車掌は隣にいた別の駅員に車内切符のようなものを発行させ
そこにサラサラと何ごとか書きなぐり
我々に差し出した。


ん?・・・720・・・RPS・・・
と?書いてある。


「720ルピーだ!!」


声を荒げる車掌。


「えっ!!なにが?!」


「罰金だ!!」


罰金?!
インドで罰金?!!


「720ルピーも!?」


「罰金だからだ!!」


「高すぎじゃねぇ?!」


「だから罰金だからだ!!」


おそらく通常運賃のおよそ3倍で720ルピーなのだろう。
隣の駅員も何も言わないし
車掌も嘘や冗談を言っているようには見えない。
インドの列車で罰金・・・。
ちゃんとチケットを取っていれば・・・
おとなしく2等車両に乗っていれば・・・
あのとき車掌に正直に言っておけば・・・
後悔ばかりが脳裏に浮かぶ。


どうであれここはこの罰金を払うしかない。
インドで警察沙汰なんて更にシャレにならん。
しかし・・・金は足りるのか?


バッグの隅々からルピーをかき集め
M上の所持分とまとめる。


幸か不幸か
二人の手持ちのルピー札をすべて差し出すと
それがぴったり罰金総額であった。



インドで
インドの通貨、ルピーが無くなった。
最悪・・・
最悪だ。
ドルがあるにはあるが
大きなみやげ物や高級レストラン、高級ホテルなどでしか
ドル払いなんてできやしない。
両替屋が見つからない限り
無一文とさして変わらない状態な訳だ。


そしてムガル・サラーイは何も無い駅だった。
赤く染まった西の空に照らされているのは
駅舎と
数台のタクシーとリクシャーだけ。


駅前には
両替所はおろか
宿、食堂らしきものすら
見当たらない。


金も無い。


宿も無い。


何も・・・無い。



赤味を帯びた空が
徐々に薄れていき
夜の闇がじわじわとこの田舎駅に迫る。







つづく