第18章 TRAIN for Mughal Sarai


列車が停車するやいなや
車内になだれ込むインド人。


この駅で降りる人々は
列車が完全に停車する前に
飛び降りきってしまっているものだから
停車した瞬間が
乗車の合図なのだ。


少しでも良い席を・・・
いや、もはや席は無い。
少しでも良い隙間を得るため
我先にと乗り込むインド人の勢いに圧倒され
我々は一番最後に列車に乗り込む。


ある程度予想はしていたが・・・
席が無い・・・どころではない。
2等席車両自体に入れない。
列車に乗り込んだ瞬間の
ここ、車両の連結部にさえ人が溢れている。


「前回・・・どころじゃなくね?!」


確かに前回アーグラーから乗った列車よりひどい。
前回はそれでも車両の連結部になんとか座ることができたが
今回はそれさえままならないのだ。


この熱気の中
このまま4時間立ったまま・・・
無理だ。
死ぬ。


これから先の旅程に絶望する我々をよそに
ゆっくりと列車は走り出す。


ん?


ふいに視線を感じ
2等自由席車両とは逆隣
SLEEPERクラス、寝台車両に目をやると
インド人の若者グループが
なにやら談笑しながらこちらを見ている。
肌の色も薄く
着ている服も髪型も欧風の
都会派の若者たちだ。


目が合った瞬間
こちらも愛想笑いを投げかけると
その中のひとり
背の高いリーダーらしき若者が
我々を手招きし始めた。


誘われるがままに彼らに近づく。


「どうした?ジャパニ?!
 なんで立ってるんだ?!チケットが無いのか?!」


さわやかな笑顔で話しかけてくる若者。


「いやチケットはあるけど・・・
 あの状態だろ?!」


2等自由席車両を指差し
席どころか隙間も無いことを説明。


「確かに。じゃあここに座るといい!ほら。」


「え?!でもここってスリーパークラスだろ?!
 俺たち自由席のチケットしか持ってないぜ。」


「大丈夫だ!だってこっちはこんなに席が空いてるんだぜ。
 ノープロブレムだ。」


周りの若者たちにも後押しされ
我々は2等自由席のチケットしか持っていないにも関わらず
スリーパークラスの彼らに席の近くに座らせてもらうことにした。
確実に違反だが
背に腹は代えられないというか
とにかくこのままインドで通勤ラッシュ状態は無理だ。


この若者たち
どうやら学生で
休みを利用して地元に帰っているところらしい。


「ほら!このノートを見てくれ!
 こうやって日本語を勉強してるんだ。」


使い古されたキャンパスノートには
ローマ字で様々な日本語がびっちり書き込まれている。


「俺のオヤジはデリーで旅行代理店をやってて
 日本語ペラペラなんだ!
 俺もゆくゆくはオヤジみたいに旅行代理店をやるんだ。」


デリー・・・
旅行代理店・・・
日本語ペラペラ・・・
・・・おいおい
こいつあのオヤジの息子じゃねぇだろうな。


しばらくは日本語の勉強会が開催され
談笑を楽しんでいたが
そのうち車掌がチケットの確認のため見回りにやってきた。


我々が持っているのは2等自由席のチケット。
当然ここスリーパークラスの席にいてはいけない存在だ。


やばいな・・・。追い出されんのかな。
いや、むしろここで正直に事情を話して
チケットを買えばいいんじゃないか?
この車両はこんなに空いてるんだから大丈夫だろ!


そんなことを目論見つつ
車掌に話しかけようとしたそのとき
若者たちのヴォルテージが一気にヒートアップ。


「なんだ?!車掌このやろう!!俺たちを疑ってるのか?!」


「このジャパニのチケットならノープロブレムだ!!
 俺がさっきチェックしたし!!」


「今楽しく話してるんだからあっち行け!!
 ほら!向こうのやつが呼んでるぞ!!」


「邪魔すんなよ!!
 ちゃんと仕事しろ!
 だからこのジャパニたちは大丈夫だ!俺もさっきチケットを見た!シッシッ!!」


「俺もチケット見たぞ!!」


「俺もー!!」


口々に早口でまくしたて
車掌を追い払う若者たち。
怪訝な顔つきで我々を一瞥し
去り行く車掌。


・・・うーん気持ちは嬉しいんだが
怪しすぎでしょ?!


その後も車掌が近くを通り過ぎるたびに
過剰反応を示す若者たち。
我々をかばおうとしてくれているのであろうが
逆効果な気が・・・。



広々としたスリーパークラスの車窓からは
ゆったりとインドの風景を楽しむことができた。
広大な田園地帯。
水牛の群れ。
黄緑色の草原に孤立する工場。
石造りの民家。
踏切で手を振る子供達。
列車はゆっくりとムガル・サラーイへ向かっていく。



突如とてつもない腹痛に襲われ
急いでトイレに駆け込む。
トイレといっても列車に穴が開いているだけ。
揺れる個室の中
出すものを出すと腹痛は治まったが
今度は次第に身体から熱が抜けていくのがわかる。
それと引き換えに頭部だけは熱を帯びていく。
次いでこみ上げてくる吐き気。


典型的な食中毒の症状。


トイレから戻った俺は
たまらず3段ベッドの一番上
昼間は荷物置き場になっているところによじ登り
狭いスペースに倒れこむように横になる。



薄れていく意識。



あの温ヨーグルト威力抜群じゃねぇか・・・。







つづく