第16章 MONEY CHANGE 2  


インドで日本人はボラレやすい。
白いペンキを塗った石のタージマハル模型を
大理石だと偽られ20ドル(約2100円)からふっかけられるし
(最終的に10ルピー(約30円)ぐらいまで値下げしてくる)
地元民で賑わう食堂では
誰ひとりメニューなんて見てないのに
英語で書かれたメニューを渡される。
(もちろん外国人向け価格が記載されている)


リクシャーは乗るまでは50ルピーの言い値だが
いざ降りるときに500ルピーの約束だったと言われるし
ボートでガンジス河の対岸まで20ルピー
元の岸に戻るには50ドル
ラクダに乗るには50ルピー
降りるには20ドル
なんてのもざらだ。


そんなふっかけにはある程度慣れいたし
そもそも外国人旅行者である以上
現地民とまったく同じ価格で買い物ができるとも思っていない。


それでも時には気の遠くなるような料金交渉を重ね
結果的には多少ボラレていたとしても
それは納得できる買い物であったし
劇的にボラレるということも無かった。


・・・こいつ
劇的すぎ。


20ドルを両替し
820ルピーの約束が
手渡されたのは10分の1の82ルピー。


そもそも1ドル=41ルピーのレート自体
ボラレているのだ。
そこで我慢しとけよ。この馬鹿インド人!!


1割2割ならまだしも
正規レートの10倍もボラレて
さすがに納得できるはずも無く
我々は颯爽とその場を去ろうとしていた闇両替男を捕まえ
問い詰め始めた。


「あのさぁ、俺らも旅行者だからさぁ
 少々ボラレるのは目をつぶるよ?
 お前も商売だからさぁ。
 でも820ルピーが82ルピーってどうよ?」


「こんな10分の1にされて
 俺ら納得すると思う?
 日本人もなんでもイエスエスいってるわけじゃねぇよ?」


「おまえさぁ、最初の約束の820ルピーで我慢しとけばさぁ
 お前の懐に50ルピーぐらい入ってたかもしんねぇんだよ。
 それをさぁ800ルピーも一気に稼ごうなんて
 そりゃちょっと虫が良すぎるんじゃない?」


「俺らもさぁ、エコノミックアニマルのジャパニーズだからさぁ
 金はあるよ。旅行に来てるぐらいだしさぁ。
 でもな、その金も毎日毎日一生懸命働いて
 稼いだ金なんだよ。
 ワークワークワークワーク・・・
 エヴリデイエヴリデイエヴリデイエヴリデイ・・・
 ・・・で、やっとインドなわけよ。わかる?
 俺らにとっても大事な金なわけよ。なぁ、ちゃんと聞いてる?」


「お前ここまでやっちゃ商売じゃないよ。
 詐欺だよ詐欺。詐欺ってわかる?
 悪いことなんだよ?」


「さすがにここまで騙しちゃ
 ガネーシャ(商売の神様)も許さないんじゃない?
 なぁ?!」


そんなふうにネチネチネチネチ
問い詰め続けていると
男もさすがに耐え難くなったのか
ボスのところに連れて行くという。


M上はまだ飯を食い終わっていなかったので
まずは俺が付いていくことにする。


しかし男は外には出ず
食堂内の通路を通って
そしてドアすらない隣の部屋へ。


「ボスだ!!」


食堂の事務所じゃねぇか!!?
こんな近距離でこんな大胆に騙しやがったのか!?


ボスの隣に座り
これまでのいきさつを説明。
つぅか金返せ。


しかし両替は成立していると
頑なに返金を拒否するボス。


いや全然成立してねぇから!
ひでぇから!!


10分ほど返金交渉を続けたところで
「それならその約束の820ルピーを
 俺たち3人で山分けしよう。
 俺が320ルピーでお前ら2人が250ルピーずつだ!
 そうすればみんなお金がもらえてみんなハッピーだ!!」
などと訳の解からないことを言い出すボス。


こいつなめてんのか?
しかも3等分ですらねぇし。
・・・いやいやそれより元々俺らの金だろうが!!
820ルピー全額返せ。



それからさらに30分ほど言い争いを続け
650ルピー返金までこじつけたところで
いい加減疲れてきたので
一旦食堂に戻りM上と交代。


俺がチャイで一服している間に
古くはバンディ、最近ではラナをも説き伏せたM上の
英語力だか交渉力だかが炸裂。


650ルピーで限界かと思われていた返金額が
一気に750ルピーまで到達。


この男
本当にインド人には強い。


最後は2人でボスを囲み
なんとか790ルピーまで上がったところで
列車の出発時刻が迫ったため
あえなく交渉断念。


正規レートだと20ドルで
900ルピー前後。
それが最終的には790ルピー。
20ドル=82ルピーという
凄まじいレートからは盛り返したものの
両替としては過去最高のボラレ方ではあったが
自分の足で歩き
自分の意思で両替所を選び
自分で両替するという旅行者の鉄則を破った罰、
そして戒めとして
この790ルピーで手を打つことにした。



不本意な結果に終わってしまったが
兎にも角にもルピーを手に入れた我々は
食堂を後にし
ガヤー駅の切符売り場に向かう。


M上の提案で
あらかじめ目的地、列車のクラス、出発日などを書いた紙を用意。
「俺らの英語力で混み混みの切符売り場であれこれ告げるより
 こうやって紙に書いて渡したほうがスムーズだし確実じゃね?」
確かにそのとおりだ。
インドでジャパン式英語発音は意外と伝わりにくい。
出発日はもちろん今日。
列車の出発時間も調べてある。
列車のクラスはエアコン付きの1stクラス。
多少値は張るが
距離が近い分ちょっとぐらい贅沢してもそこまで負担ではない。
そして目的地はヴァラナシ。
そう、次の目的地はヴァーラーナスィー。
やはり我々はもう一度
ヴァラナシを訪れたかった。



前回の旅で一番印象に残っているヴァラナシ。
ヒンドゥー教の聖地ヴァラナシ。
デリーよりも
アーグラーよりも
チェンナイよりもプネーよりもゴアよりもインドールよりも
タージ・マハルよりもアジャンタの壁画よりもエローラの石窟群よりも
確かに衝撃的で魅力的であったヴァラナシ。
なにより
4年前に出会ったモヌーとの再会。


この4年間でインドという国の印象はさほど変わっていなかった。
喧騒と雑踏と熱気と胡散臭さと刺激と神秘性。
インド株が注目されようが
バンガロールのIT産業が飛躍しようが
インドはやはりインドであった。


が、変わっているものもあった。
物価の上昇。
携帯電話の普及。
欧風のお洒落な店舗。
デリーではメトロが建設中で
街行く人のジーンズ、Tシャツ、ポロシャツ率もあがり
以前より外国人慣れしている印象を受けた。


ヴァラナシはどうだろうか。
聖なる河ガンガー
いわゆるガンジス河に遺灰を流されるため
貧しくとも
カーストが低くとも
中には一生をかけてまでその地を目指すものもいるという
ヴァラナシはどうだろうか。


そして
モヌーは。





つづく