第12章 RANA  

静かな村だ。
デリーの喧騒とはかけ離れ
聞こえてくる音といえば
鳥の囀り
木々のざわめき
少し離れた場所からの子供たちの歓声。


観光地化が進んでいるとはいえ
ブッダ・ガヤーは確かに田舎
村であった。


窓からそよぎ入る心地よい風に吹かれ
硬いベッドの上で
気持ち良くうたたねを続けていたが
その静寂は
木製のドアをけたたましく叩く音によって
一瞬にして切り裂かれてしまう。


「おい!!ジャパニ!!2時だぞ?!
 約束の時間だ!!起きてるか?!」


ラナだ。
起きてるも何も
こんなに騒がれたら熟睡してても起きるわ!


「ちょっと待ってろ!今準備する!」


できればもう少し寝ていたかったが
一方的に交わされたとはいえ
約束は約束だ。
我々は急いで身支度を整え
宿を出た。


宿の前には例のラナのバイク。


「よし、乗れ。
 お前が俺の後ろで、お前はその後ろだ。」


「え、3人乗り?!」


どうみても3人は乗れそうに無いのだが。


「俺が前にずれるからノープロブレムだ!!」


いやそんなの全然ノープロブレムじゃないんですけど。


「よし、まずは飯だ!!
 俺のお奨めのレストランに連れて行ってやる!!」


こうして我々3人は
250CCのバイクに詰めあってまたがり
一路ラナお奨めのレストランへ。



八方をビニールシートのようなもので囲まれた
ハエが飛び交う
ほの暗いレストランで
ブッダガヤーへ来て最初の食事、チキン・チョウミンを食べる。


チョウミンは油ギトギトのスパイシーな塩焼きそばのようなものだ。
インドでは中華料理に大別されているようだが
本当に中華料理なのかは疑わしい。
まぁ当たり外れも少なく
大概食べなれた味付けで
スパイス天国(地獄?)のインドではありがたいのだが。


「次は俺の家に行くぞ!!」


はっ?
観光の初っ端で
なぜラナの家に?!


「早く乗れ!!」


腹ごなしをした後は
なぜかラナの家に向かう。
完全にラナペースで連れ回されている。


軽快にバイクを飛ばすラナ。
舗装すらされているはずもないインドの田舎道で
バイク3ケツはつくづく危険だ。


走り出して5分もすると
バイクはガソリンスタンドへ。


「ガソリンが無くなった。
 後で返すから払っておいてくれ。」


我々が立て替えて支払ったガソリンで
バイクはさらに走る。


それからまた5分もすると
我々を乗せたバイクは
コンクリートの2、3階建ての建物が密集する
団地のような場所に到着した。


「カモンッ!!俺の家はこっちだ。」


せっかちなラナに連れられ
入り口なのか路地なのか分からない
コンクリートとコンクリートに挟まれた
細い隙間をいくつかくぐっていく。


建物の背丈こそ低いが
その異様な密集具合によって
昼間にも関わらず内部はジメジメと暗かった。


もちろん飼っているものだろうが
コンクリートの間を
ニワトリ達が忙しく行き来している。


隙間をいくつか抜け
階段を何度か上り
ドアをいくつか通り過ぎると
そこがラナの家であった。



「お前らラッキーだな!!
 インドの一般家庭が見れるなんて滅多に無いぞ!!」


部屋に入ると
弟たちだろうか
10代半ばぐらいの少年たちが
何人か集まってきた。


「おう、座れ座れ。」


ラナに言われるがまま
部屋の隅にあったベッドに腰掛け
ラナやその兄弟たちと片言の英語で
会話を楽しんでいると
今度は小さな女の子が
ビスケットが乗せられた大皿を運んでくる。


「食え食え!ビスケットだ。」


ラナに勧められ
ビスケットに手を伸ばしてはみたが
妙に視線を感じ
入り口の方に顔を向けると
そこには背中を丸めた初老の女性が立っていた。


「おう、お前ら、これが俺の母ちゃんだ。」


ラナの母親は
しばらく部屋の入り口に
ぼんやりと立ち尽くしていたが
不意にぶつぶつと
時には語気を強めながら
なにごとかしゃべりだし
ゆっくりと部屋の中に入ってきたかと思うと
すぐに崩れるように座り込み
ついには泣き出してしまった。


えっ?!なになに?!
なんかすごく気まずいんですけど。


もちろん言葉は解かるはずも無いが
『また、この馬鹿息子が・・・!!
 異国人を騙してはうちに連れて来て・・・。
 いったいいつになったらまともに働いてくれるんだい?!!』
と嘆いているように邪推してしまう。


ラナの兄弟たちの顔からも笑みが消えてしまった。


「はぁ〜、またかよ〜。
 ・・・おい!母ちゃんをどっか連れてけ!!」


その母をいかにも厄介者のように
弟たちに連れて行かせるラナ。


「チッ、まったく・・・。
 去年親父が死んでから最近いつもこうなんだ。
 ショックでどうにかなっちまったのかなぁ。
 お前ら気にすることないぞ。
 食え食え!
 インドのビスケットだ!!うまいぞーー!!」



いや・・・すんません!
なんかビスケットを楽しく食う気分になれないッス。




つづく